第34話 クルキアの北門

 クルキア軍は、“クルキアの北門”に設けられた堅牢な石造の関所や、峡谷の要害堅固な地に陣を張り、ノルデン軍を迎撃した。


 北部から首都パルシャガルに行くためには、東西に走る山脈の唯一の通路である北門を通過しなければならず、ノルデン軍も決死の攻撃をしかけてきた。


 しかし、山間の細い道を、軍勢が伸びきった形で行軍しているノルデン軍は物理的な不利を強いられ、あちこちで兵力や軍需物資を消耗した。


「崖の上から、敵に岩を落とせ。それが済んだら、荷車に火をつけた牛を、敵目がけて放て!」


「関所に攻め寄せる敵には、城壁の上から熱した糞尿をかけてやれ。これだけは、いつでも現地調達ができるからな。遠慮せずに大盤振る舞いしてやれ!」


「謎の狼煙を上げたり、夜襲をしかけるふりをしろ。敵を警戒させ、眠らせるな」


「そのうち、夜襲のふりに慣れた敵が油断したら、本当に攻撃しろ!」


 アニスは、ここぞとばかりに、ありとあらゆる嫌がらせや、陰湿なゲリラ戦を行い、ノルデン軍を翻弄した。


 しばらくすると、クルキアの兵士たちも、自分たちの総大将のやり方を見て学び、敵兵を罵倒したり、からかい始めた。


「ノルデンの旦那さま方。ようこそ、遠路はるばるクルキアへ」


「アホでも馬鹿でも、なんとかたどりつくものですな」


「いますぐあったかいもので、おもてなしをいたしますぞ。ひりたての、我々のウンコですがな」


「安心してください。パンツは、はいてます」


 罵詈雑言や嘲笑を浴び、ただでさえ、ストレス下の生活や苦戦を強いられているノルデン兵は、激怒し、我を失った。


「クルキアのクソ野郎ども、絶対に許さん!」


 しかし、クルキア兵は、無謀に突撃してくる敵を冷静に仕留め続けた。ノルデン兵の犠牲は、日に日に増えていった。


「ノルデンの連中は間抜けだな。挑発さえすれば、アホな犬みたいに、こっち目がけて突っ込んでくるんだからよ」


「まったく、あいつらの怒った顔ったらないぜ。俺の浮気がばれた時の、うちの女房そっくりだ」


「おいおい、あんまり調子に乗んなよ。ウンコをかけられた時のやつらの顔は、女房が実家に帰った時の、お前の顔そっくりだ」


 気をよくしたクルキアの兵士たちは、あちこちでゲラゲラと笑い合った。


 緒戦において敵を寄せ付けなかったこともあり、クルキアの陣中の雰囲気は、予想外に明るかった。





 山地は朝晩が冷え込む。そのため、身重のアニスには、前線での暮らしがかなりこたえた。


 しかし結果的に、クルキア軍は、ここで二十日間ねばった。


 ちょうどその頃、ペスカートから、「王が少し健康を回復したため、王都に戻った」との連絡が入った。


 そのため、クルキア軍は事前の作戦通り、王都への撤退を開始することとした。


 ノルデン軍が、戦意旺盛で、かつ前線のクルキア軍の兵糧が底をついてきたのも、その理由だった。


「頃合いだな。よし。引くぞ」


 アニスの指示で、大軍のクルキア軍の撤退は順繰りで行われる。


 引き際、アニスは関所の城壁の上から、ノルデン王とノルデン軍に向けて呼びかけた。


「我はクルキア王、カリアスの妻、アニス・デュフルトなり。ノルデンの男は、身重の女相手に、関所すら破れぬか。ならばお次は、王都でもてなそうぞ。盛大な宴を楽しみにしていろ」


 そして、こう付け加えた。


「もちろん我らの戦勝祝いの、だがな!」


 部下からの知らせを受けたイングルド四世は、当然、激怒した。


「ぬうう。あの女、言わせておけば!」


 しかし、ノルデン王は、名うての戦上手とあって、北門での損害を恐れ、撤退するクルキア軍の追撃は、あえて行わなかった。


 アニスが、何をしかけてくるかわからないので、警戒した面もあった。


 そして自軍が狭隘な山峡を通過したところで、騎馬隊を繰り出し、一気に本格的攻勢に打って出た。


 歩兵を中心とする退却中のクルキア軍は、森林地帯で追いつかれ、背後から攻撃を受ける形となった。それを見て、イングルド四世は、大いに気分が高揚した。


「ちょこざいなクルキアの王妃とやらをひっとらえてまいれ。素っ裸にして、戦勝の宴のさかなにしてやる」


 騎馬隊に追われて、クルキア軍は、王直属の近衛軍ですら逃げまどい、森の中に逃げ込んだ。


「追え! 追え! 敵を追い詰めろ!」


 ノルデン軍は、騎兵も歩兵も、一気呵成に森の中に飛び込んだ。


「クルキア兵は弱いぞ。やっつければ、恩賞も思いのままだ」


「王妃には懸賞金も出ているらしいぞ。早い者勝ちだ!」


「こないだまでの恨みだ。クルキア兵を皆殺しにしてやる!」


 ただならぬ気配を察したのか、森から鳥たちが一斉に飛び立った。

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