第33話 アニスの采配
アニスはクルキア軍の総大将を買って出た。
王が実質的に不在の状況で、敵の大軍を迎え撃つのはかなり不利である。
イングルド四世は戦意も旺盛。
このままではペスカートで臥せっている王も自分たちも殺されかねない。
その絶体絶命の戦争の指揮官が、目の前の不甲斐ない貴族連中につとまるとは到底思えなかった。
また王暗殺未遂の犯人がつかまらないところを見るに、重臣の中に裏切り者がいる可能性は極めて高い。
(ならば、私がやるのがベストだ)
アニスは身重の体だったが、幸い状態は安定していた。
(ひと月くらいならば、なんとかなる)
その間にカリアスが奇跡的に回復すれば、状況も大きく変わるはずだった。
アニスはそこに賭けることにした。
(生きるか死ぬのなら、生きる方を選ぶべきだ)
貴族や重臣たちは、アニスが女性であること、また身重の身であることをもって、当然のごとく反対した。
特にカルザースは「承服できない」とアニスの案を意固地に突っぱねた。
しかし、アニスが、
「男だろうが、女だろうが、そんなこと戦に関係あるか! それにお前はパトナで私に負けているだろうが。ずいぶんと都合のいい記憶力だな!」
と言い放つと、黙り込んだ。
「他にも文句のあるやつは名乗り出ろ! 威勢のいいやつから、前線に行かせてやる!」
アニスは全員の顔を見回した。
すると、興奮気味のトイシュケルが鼻息も荒く、アニスの案に賛成した。
「他の女性ならいざ知らず、王妃は一度我らの大軍を負かしております。総大将として何ら不足はありますまい。近衛軍は王妃の命令に従います」
この一言が流れを決し、クルキア軍は王の代理として、アニスが全軍を率いることとなった。
その後、早速、作戦会議が開かれ、アニスの意見で次のような方針が定められた。
●クルキア軍は全軍出陣し、北部にある「クルキアの北門」と呼ばれる、狭隘な峡谷の関所でノルデン軍を迎え討つ。
●しかし、これはあくまで時間稼ぎのための措置で、その間に王が健康を回復次第、パルシャガルに移ってもらう。決戦は防備を固めた、地理的にも分がある王都近郊で行う。クルキア軍は、敵の将兵や兵糧をできるだけ減らした上で、順次パルシャガル方面に撤退する。
「大軍の敵をすり減らし、疲れさせた上で、罠を仕掛けた王都に引きずり込む。よいな!」
アニスの案は、リスクの大きい、当面の決戦を避けるもので、貴族や重臣も納得できるものだった。
チェンバネからルフルト麾下の五百人の手勢と、陣地などの構築を担う坑夫たち、そしてリマルも参着したため、アニスは翌日、クルキア軍五万の大軍を率いて出陣した。
心配させないよう、カリアスには「王都に帰る」と言い、何も伝えなかった。
カルザースなどの大貴族は、従軍していた息子などの親族を実質的な人質として預かり、首都近辺の防衛網や軍備増強の役を命じて、自領に帰した。
体のいい厄介払いである。
王が斃れ、代わりに身重の王妃が総大将をつとめると聞いて不安に思っていた兵士たちは、見事な銀の兜をかぶり、颯爽と馬にまたがって、麾下の精鋭の先頭を進むアニスの姿を見て、どよめいた。
「意外といけるんじゃないか?」
「前に我らの軍を、ウィストリアで負かしているしな」
「見たこともない別嬪さんだな。俺的には、王様よりよほどいい」
クルキア軍を覆っていた暗い雰囲気も少しは薄らぎ、四日後、軍は北部の森林地帯を抜け、ノルデン軍より早く、山岳部にあるクルキアの北門に到着した。
冬の間、事前に街道沿いの村や町に、兵糧や飼葉などの軍需物資を集積させておいたことが功を奏したのだった。
アルフレッドとリマル、ルフルトの姿はいつの間にか消えていた。
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