第10話 アニス様、花を矢とする
街道沿いの街々も、軒並みどことなく暗い印象だった。
しかし、兵たちに護送されるアニス一行の馬車が通過する際は、どこも見物客が沿道に溢れ、歓声を上げるのだった。中には、
「あれが、ウィストリアから連れてこられた王妃の馬車か」
「やはり、我がクルキアが勝ったんだ!」
などと叫ぶ者もいて、アニスは見世物にでもなっている気分だった。
(なるほどな)
アニスは、眉根に皺を寄せた。
(華美な嫁入り支度を避けろというわけだ。クルキア王は、おそらく私を戦利品のように見せたいのだろう。たびたびの外征に不満を持つ者も少なくないはず。だとしたら、実につまらぬ男だ)
となると大人しく引き下がるアニスではない。すぐにヴァイツァーを呼んで、何事かを耳打ちした。
「銭ゲバ商人が早速、役に立ちそうだな。急ぎ早馬を王都に向かわせろ」
「御意」
「クルキアの小賢しい連中に、一泡吹かせてやる」
誇り高いアニスは、珍しく怒りを露わにしていた。
一週間後、アニスと護衛の兵団は、ついに明日にはパルシャガルに入城するという地点に到達した。
アニスは感謝の気持ちと称し、宿をとった街で、兵士たちに気前よく豪勢な料理やワイン、ビールを振る舞った。
そして出迎えの際に胸に花を着けていたルフルトという素朴な剣士に、かなりの額の金貨を下賜したのだった。
それを聞いた兵士たちがどよめき、歓声を上げたのは言うまでもない。
次の日、アニスはトイシュケルの制止を振り切り、事前にオットーに用意させておいた白馬に女性用の鞍(横乗り)を乗せ、馬車や兵たちの先頭を進んだ。
後ろには同じくオットーが用立てた栗毛の名馬にまたがったヴァイツァーの姿もある。
アニスはオットーに、色とりどりの無数の花も用意させており、兵士たちはルフルトのように恩賞にあずかりたいと、争って胸に花を飾った。
恰好は平服ながら、美貌のアニスの頭には、オットーに命じて作らせた、美々しい花の冠が乗せられている。
王妃となる美女を先頭にした、近衛軍の精鋭たち。
それはまるで、アニスに率いられた、アニスのための軍勢に見えた。
文字通り花のようなアニスたちが城内に入ると、民衆は大歓声で新しい王妃の一行を迎えた。
「あれが新しい王妃様!」
「我が国の軍勢を打ち破ったお方と聞くが、なんと美しい。本当に花のようだ」
王妃が馬に乗って嫁入りするなど、異例中の異例の出来事だが、アニスの美貌と演出のおかげか、王都の住民は、不思議とそんなことを微塵も感じなかった。
パトナでのクルキア軍との交戦も左程影響がない様子だった。
アニスは見物人たちに対し、鷹揚に手を振り、気さくに歓迎に応えた。
すると勢い、民の熱狂も、ヒートアップする。
「クルキア万歳!」
「王妃万歳!」
予想以上の民衆の反応に、アニスは大いに鬱憤を晴らした。
「民は・歓迎してくれて、とてもうれしいです。さあ、将軍もどうぞ」
アニスは、近くで苦々しい顔をしながら馬を進めているトイシュケルにも、大きな花輪を渡し、無理矢理、首にかけさせた。
トイシュケルの馬にも、従者に銘じて、否応なく派手な花飾りをつけさせる。
「エーリク伯、とてもお似合いですよ。たかが小娘一人に、過剰なほどの護衛もしてくださり、感謝申し上げます。この花飾りは私からのほんのお礼です。オホホホホホ」
誰もが知る、無骨な将軍まで、似合わない花飾りを付けているので、見物人は皆、笑ってはやし立てた。
「見ろよ、将軍様も花だらけだぜ」
「将軍、花がお似合いですよ!」
「独身のトイシュケル将軍にも、ついに春が来たんだ」
「先輩、やりますねえ」
皆がゲラゲラ笑うと、トイシュケルはよほど気恥ずかしかったのか、顔をを上気させ、馬の腹を蹴って先に行ってしまった。
溜飲を下げたアニスは、背後の家宰に、とってつけたように笑顔を向けた。
「なかなか、よい都ではないか。気に入ったぞ。さてヴァイツァー」
アニスの口角が思いっきり上がる。
「オットーに十分な褒美をくれてやるように。言うだけあって、思った以上によい仕事をしてくれた。おかげでまずは一矢報いることができた」
「御意」
ヴァイツァーがうなずくと、アニスも笑顔でうなずき返した。
「次は性格の悪い夫殿の番だな。顔を合わすのが、今から楽しみだ!」
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