第2章 虎狼の城、パルシャガル

第11話 王城の名は、狼の砦

 クルキア王の城、通称“狼の砦”に到着したアニス一行は、王の妹(異母妹)婿であり宰相の、オド・フォン・バンベルク公爵の出迎えを受けた。


 小柄な公爵は小太りで、いかにも貴族という外見だった。


 毎日ワインを飲んでいるのが察せられる赤ら顔で、うかがうような目付きや、目の下のたるみが、大いに印象を損ねている。


「ようこそ、パルシャガルへ。遠路、さぞやお疲れのことかと」


 オドは物言いこそ丁寧だったが、大貴族のせいか、言動のそこかしこに、アニスに対する軽視が透けて見えた。


からは熱狂的な歓迎を受け、王妃として大変感激しております」


 アニスが、皮肉ギリギリの表現で感謝を伝えると、オドは露骨に嫌な顔をした。


(トイシュケルといい、このオドといい、この国の貴族には、まともなヤツがおらんのか。一発、殴ってやりたいくらいだ)


 アニスは、不穏な内心を笑顔で隠し、様子見を決めることにした。


 花嫁の一行の長旅の疲労を考慮し、夫になるカリアス王への謁見は翌日に設定された。


 アニスが通された部屋は、それなりに広く、清潔ではあったが、調度もしつらえも、王妃のものとしては簡素なものだった。


 ヴァイツァーは「無礼!」と、またもや怒りを露わにしたが、


「まあ、待て」


 アニスになだめられてようやく黙った。


「どうもこの国の連中は、性格の悪いヤツばかりだ。しかし、何か策を講じるにも、権力構造や人間関係、連中の意図が判明してからにした方がいい。時間はたっぷりある。まずは休んで、英気を養おう」


「御意。しかし、明日の謁見に関しては、このヴァイツァーに万事お任せいただきたい」


「どうしてだ? 相手は間違いなくクソ野郎の夫殿だぞ」


「だからこそです。これにはご主人様のご意向もございます」


「父上の? よくわからんが、だったら、そなたに任せよう」


「承りました。姫様の損になるようなことだけは、絶対にいたしません。ご安心ください」


「わかった。よろしく頼む」



 翌日、約束の時間に、ヴァイツァーと、お付きのデュフルト家の家臣たち一行は、城内にある広大な謁見の間に向かった。


 そこに待っていたのは、派手に着飾った男女の貴族や顕官たちだった。


(またもや、我らをみすぼらしく見せるための茶番か)


 ヴァイツァーは内心、大いに憤ったが、ウィストリアの代表として、この場で感情を露わにするのは得策ではない。黙って耐えた。



 やがて黄金の冠を付け、真紅のマントを羽織ったカリアス王が現れ、玉座に座った。


 王は栗色の髪をした、精悍な美丈夫で、背もすらりと高く、威厳があった。


 ただし、表情に乏しく、かなり冷たい印象を受ける。


 ヴァイツァーは、そんなことはおくびにも出さず、作法に則って、王への挨拶をした。


「ブリュームとやら、遠路はるばる、ご苦労であった」


 返ってきたのは、ごく短い返事だけだった。


「恐悦至極に存じます。それでは、ウィストリア王の姪御にして、デュフルト侯爵エルンストの嫡女、アニス姫をご紹介いたします。姫様をこちらへ」


 ヴァイツァーの指示に従い、家臣の一人が控えの間に向かう。


「新しい王妃は、女だてらに戦をする者とか」


「馬に乗って、王都に入場したそうよ。東方の蛮族じゃあるまいし」


「二十二歳のき遅れの姫なんでしょ? どうせ、馬車馬みたいに、ごつい女に決まっているわ」


 広間のあちこちでは、ひそひそとアニスを噂する声が上がった。そこにはただひとかけらの敬意も期待もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る