第9話 騎士の胸に、一輪の花
人馬の移動で広場が騒然とする中、馬車の車中では、アニスとヴァイツァーが早速、ひざ詰めで話を始めていた。
「姫様の機転、さすがでございましたな。事前にクルキアについて学んでおいてよかった」
「何を言う。ヴァイツァーこそ、見事だったぞ。剣を託されたとあっては、粗相があろうものなら恥になるのは向こうだからな」
二人は顔を見合わせて笑ったが、やがて同時にため息を漏らした。
「姫様、どうも、我らはあまり歓迎されてはいないようですな」
「どうかな。ある意味では大歓迎だ。夫殿は無駄に二千人もの兵を出迎えによこした」
「しかし、どのような腹づもりなのでしょう? カリアス王は、先の戦の報復でもするつもりでしょうか?」
「わからん。しかし、今のところ、我らを殺す意図はなさそうだ。ただの復讐目的ならば、名のある貴族を迎えに寄越すはずはない。そもそも隣国の小娘を騙して連れてきて、あまつさえ殺すなど、国威や家名にかかわる話しだ」
「御意」
「いずれにせよ、先方には、花嫁に対する敬意や誠意は感じられん。こうなったら、しばらくの間、様子見だ。式のためにヨハンを連れてこなくてよかった」
アニスは忌々しげに窓の外に目をやった。すると、
「おや?」
意外な人物を見つけて、目を見開いた。騎乗する兵士の中に、胸に一輪、花を飾っている者がいたのだった。
「クルキア人の中にも、少しは礼節をわきまえる者がいるようだな。なかなか粋な男ではないか」
アニスは花をつけた兵士の名を調べるよう、ヴァイツァーに指示を出した。
そして窓の外を眺めつつ、真剣な面持ちで、何かを考え始めた。
一行がクルキア領に入ると、景色が一変した。
かつては小麦や大麦の一大産地として知られていたクルキアだったが、どこも畑が荒れ、村々には賑わいが見当たらなかった。
「想像とは随分違うな」
アニスの言葉に、ヴァイツァーがうなずく。
「近年、我が国でも、気温の急激な低下で収穫が減っております。この寂れぶりからすると、北のクルキアはもっと苦しい状況ではないかと推察します」
「なるほど。クルキア王が戦に夢中なのも、背景にはそのような事情があるのやもしれぬな」
「クルキアは、王の縁戚の大貴族が、かなりの領地を有しております。直轄地はさほど多くないという噂。そこに実入りが減ったとなると、国庫はかなり厳しいでしょうな」
「それでウィストリアに攻め込んで、金を要求したというわけか」
「おそらく。それに戦争には金がかかります。貧しさが戦争を、戦争がさらに貧しさを呼ぶ負の連鎖に陥っているのでしょう。おそらく、我がパトナを狙ったのも、鉱山による富や、収穫前の小麦が目的。民を食わすことができない王の頭上に、王冠は輝きませぬ」
「やれやれ。食いあぶれて、他国に攻め込むしかない国か。とんだ貧乏くじを引いたものだ」
そうは言いつつも、アニスの目は爛々と光を放っている。
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