第8話 花嫁の出迎えは、なぜか軍勢
「無礼な! これではまるで、我らが虜囚か何かのようではないか!」
広場のものものしい光景を目の当たりにした瞬間、ヴァイツァーはクルキア側の常識外れの対応に、顔を真っ赤にして怒り出した。
「小娘一人の嫁入りに、ずいぶんと念の入ったことだ。どうやら過去の王妃がドラゴンだったか、兵士に神学でも教えて怒りを買ったのだろう」
さすがのアニスも眉を
それでも整然と並んだ兵士の中に、クルキアの貴族らしき、見事な甲冑姿の男がいたため、アニスとヴァイツァーは馬車を降り、相手方の出方をうかがった。
パトナでクルキア軍と刃を交えたからだろうか。二人は兵士たちから刺すような視線を感じた。
貴族風の男は兜を脱ぐと、二人の前まで進み出た。
そして地面に片膝をつき、慇懃な態度で礼をとった。
「王妃殿下、ようこそクルキアへ。私は皆様の王都までの護衛を務めます、国王直属の近衛軍の将、トイシュケルと申します。お見知りおきを」
(これが、噂のトイシュケル将軍か)
アニスは思わず身構えた。
トイシュケルは、昨年の戦争でウィストリアを追い詰めた、クルキアの名だたる名将だ。
長く茶色い髪に整えられた口と顎の髭。
額に傷のある精悍な顔つきは、もはや若さとは決別した年齢ではあるが、見る者をして、畏怖させるに十分な迫力を有している。
数多の戦陣を経たせいであろうか、顔に刻まれた深い皺の数々が、森の奥の古木のような荘厳な雰囲気すら漂わせている男であり、アニスも気付くと背筋が伸びていた。
「こちらこそ。アニス・デュフルトです。将軍ほどのお方に、はるばる王都より出迎えにお越しいただき、勿体なく存じます。トイシュケル・ウェルビンガー殿は、エーリクを治める伯爵様ですね」
一瞬、真顔になったトイシュケルは、チラリとアニスを見上げ、ぎこちない笑顔を作った。
「私めの名をご存じとは。大変光栄にございます」
「何をおっしゃる。伯爵はクルキアの名高い貴族でありませんか。先の戦での勇猛果敢な戦いぶりをはじめ、遠くウィストリアにも、その高名は伝わっております」
「それは、それは。できれば、よい噂であればいいのですが」
「神の教えを守り、正義を重んじる、忠勇の将軍であると。女子供などの弱者にも優しい、今時珍しい、騎士の中の騎士とも」
「ささいな噂に、尾ひれはひれがついたようですな。気恥ずかしゅうございます」
「それで私一人の警固のために、このようにわざわざ、夥しい数の兵を連れて来てくださったのですね? 最初は戦でも始まるのかと思いましたが、将軍の過分なお心遣いに感激いたしました。ただ」
「ただ?」
「この様子だと、どうもクルキアはかなり治安が悪いようですね。それが少し心配です」
トイシュケルは笑顔を保ったままだったが、ヴァイツァーは一瞬、その頬がひくつくのを見逃さなかった。
博覧強記のアニスは、その該博な知識と言葉の機転で、見事に相手に掣肘を加えたのだった。
物々しい出迎えや、トイシュケルの態度からして、クルキアはウィストリアやアニスに対して、何か含むところがあるのは明らかだった。
(それにしても、さすがはアニス様。じつに意地の悪い物言いだ)
主の皮肉な態度を受け、ヴァイツァーは腰に下げている己の剣を外すと、トイシュケルの前にうやうやしく差し出した。
「私はデュフルト侯爵家の家宰ヴァイツァー・ブリュームです。これは姫様を守るため、当主エルンストよりお預かりしたものです。王都に着くまで、貴殿に託します」
トイシュケルは不意を突かれたせいか、すんなりと剣を受け取った。
「道中、頼みます。将軍がいらしてくれたので、心安く思います」
「ははっ。なにとぞご安心ください」
そうは言うものの、トイシュケルの表情は、あからさまに強張っていた。
花嫁の引き渡しが済んだので、ここまでアニスを警固したウィストリア王の兵や、デュフルト家の家来たちはここでウィストリアに帰ることとなった。
アニスは彼らに感謝と別れを告げると、ヴァイツァーを伴い、再び馬車に乗り込んだ。
トイシュケルはそれを見届けるなり、険しい表情で、兵士たちに騎乗を促した。
「おい、出発するぞ、もたもたするな!」
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