第2話


ヴァージニア。

王国の果て、首都から最も遠く離れた小さな忘れられた町。


そこにはヘイタンという若い農夫が暮らしていた。

毎日、炎天下の下でトマトや野菜を育てる、ただの素朴な農民だった。


その朝、畑で収穫をしていたとき、道の方から必死の叫び声が聞こえてきた。


――ヘイタン! ヘイタン! 勇者一行が戻ってきたぞ!


その瞬間、彼の心臓が止まりそうになった。

農具も麦わら帽子も放り出し、全力で町の中心へと駆け出す。


すでに広場には群衆が集まっていた。

魔王と戦った伝説の冒険者たちを一目見ようと、人々で溢れかえっていた。


ヘイタンは群れを押しのけ、転びそうになりながら叫んだ。


――兄さん! どこだ、兄さん?!


彼の視線がとらえたのは、知恵と優しさで知られる一行の魔法使いだった。

しかし――勇者の仲間たちの中に、彼が最も会いたかった顔はなかった。


――どこにいるんだ?!

ヘイタンは彼女の腕を掴み、声を震わせた。

――俺の兄さんはどこだ?!


重苦しい沈黙が広場を覆った。

人々の顔には悲しみが浮かんでいた。


――なぜ黙ってるんだ?!

涙を流しながらヘイタンは叫んだ。

――答えろ! 兄さんはどこなんだ?!


心の奥底ではもう分かっていた。だが認めたくはなかった。


魔法使いは深く息をつき、ヘイタンの肩に手を置き、そして彼を抱きしめた。


――あなたの兄上は……勇者として生き、そして勇者として死にました。


その瞬間、ヘイタンの力は抜け落ちた。

彼は泣いた。声が枯れるまで泣き続けた。

やがて、その涙に釣られるように広場全体が涙に包まれた。


勇者の亡骸は、ヴァージニアの中央で十日間にわたり弔われた。

王国中から、さらには隣国からも多くの人々が訪れ、敬意を表した。

王自らも参列した。


勇者が愛した小さな町は、もはや忘れ去られた町ではなく、世界中に知られる町となった。


ヘイタンは vigil の全ての日々を兄のそばで過ごした。

彼にとって兄は唯一残された肉親であり、最後の血の繋がりだった。


やがて人々は願った。

「勇者をヴァージニアの中心に葬ってほしい」と。

ヘイタンは迷うことなく頷いた。


それは史上最も美しい葬儀だったと語り継がれ、数世紀にわたり記憶されることとなる。


――一か月が過ぎた。


町はゆっくりと日常を取り戻しつつあったが、冒険者たちはまだそこに留まっていた。

勇者が「故郷」と呼んだ場所を知りたいと願っていたからだ。


ある穏やかな午後、魔法使いがヘイタンの簡素な小屋を訪れた。

二人は並んで座り、しばらく沈黙のまま過ごした。

やがて彼女が問いかけた。


――あなたは、大丈夫?


ヘイタンは深く息を吐いた。


――もう平気だ……兄さんが最善の人生を歩んだと理解できたから。


魔法使いは柔らかく微笑んだ。


――そう聞けて嬉しいわ。


そして、白布に包まれたものを取り出した。

それは勇者の剣――《ルミノス・ソード》だった。


――あなたの兄上は、決してあなたに戦わせたいとは思っていなかった。

だが、ご家族の血筋がいつかこの剣に選ばれる可能性を知っていたの。

もし剣があなたを受け入れれば、兄の後を継ぐことができる。

受け入れられなければ……別の持ち主を探すしかない。


ヘイタンは輝く刃を見つめ、黙ったまま――迷わずそれを受け取った。


――五年後――と魔法使いは続けた。

――私たちはまた来る。その時あなたが二十歳なら、剣は答えを示すはず。

それまで鍛錬を積み、備えて。


さらに彼女は一枚の王家の証書を差し出した。


――これで、あなたの兄上が都に残した財産をすべて引き継げる。お金の心配は要らない。


最後に、一通の手紙を彼の手に置いた。


――これは……最期の戦いの前に、あなたの兄上が書いたものよ。


震える手で封筒を受け取るヘイタン。

その瞬間、兄の死を経て初めて、彼はそれが「終わり」だけではなく――何か大きな「始まり」でもあると感じた。

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