第40話決断の夜
広場に漂う黒い煙のような影は、やがて風に流されるように散っていった。
残されたのは、静寂と疲労に沈む村人たちの姿だけだった。
ヴァルガは倒れた。
だがその余韻は、決して単純な勝利では終わらなかった。
村人たちの視線が俺に集まる。
感謝と恐怖、安堵と疑念――そのすべてが入り混じった眼差し。
「魔王の……部下だったなんて……」
「でも、村を救ってくれたのも……あの人だ……」
ざわめきが広がり、意見は二つに割れていく。
信じるか、恐れるか。
ナギサは俺の袖をぎゅっと掴み、涙目で訴えた。
「アレンはナギサの……だから、ナギサは信じる。誰がなんと言っても」
その幼いほど真っ直ぐな言葉は、広場に小さな波紋を広げた。
ミレイユが前に出て、静かに口を開いた。
「私は……恐ろしくもある。でも、今日アレンさんがいなければ、私も、この村も滅んでいた。それだけは確かです」
海斗も続く。
「そうだ! 魔王の部下だった? 関係ない! 今この瞬間、俺たちを守ってくれたのはアレンさんだ!」
反対の声もまだ残っていた。
「だが……明日裏切らない保証は?」
「魔王に繋がる存在を村に置いていいのか……?」
その問いに、俺は一歩前に出た。
胸の刻印がまだ熱を帯び、全身の痛みは引いていない。
だが今ここで言葉を示さねばならない。
「保証なんてない。俺は裏切らないと誓うが、それを信じるかどうかはお前たち次第だ。
ただ一つだけ言える――俺はもう魔王の部下じゃない。この村のために剣を振るう。それが、俺の選んだ道だ」
静寂が落ちた。
村人たちは顔を見合わせ、やがて一人、また一人と頷き始める。
恐怖は消えてはいない。だが、確かな希望がそこに灯り始めていた。
ミレイユが深く息を吐き、言葉を代表するように告げた。
「……分かりました。あなたを信じます。アレンさん」
その一言が合図となり、広場に重く垂れ込めていた空気が少しだけ緩んだ。
子どもたちが泣き止み、大人たちがようやく武器を下ろす。
勝利の実感が、ようやく全員に訪れたのだった。
だが俺は知っている。
ヴァルガの背後にいた“主”の存在。
そして黒い影が告げた不穏な兆し。
この戦いは、まだ序章に過ぎない。
夜風が吹き抜け、煤けた空をかすかに照らす月を仰ぎながら、俺は静かに槍を握り直した。
――新たな戦いが、必ず来る。
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後書き
第40話では、ヴァルガ討伐の後、村人たちがアレンを受け入れるかどうかの決断を描きました。恐怖と感謝の狭間で揺れる中、アレン自身の覚悟と仲間の声が支えとなり、村はひとまず彼を仲間として受け入れます。
これにて第2章は完結。次章では、黒外套の“主”が本格的に動き出し、アレンたちの運命はさらに大きく揺さぶられていきます。
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