第39話揺れる視線
ヴァルガの骸が灰となって消え、広場を覆っていた黒炎は跡形もなく消え失せた。
残されたのは、燃え残る家々とすすけた大地、そして震える村人たちだった。
勝った――。
その事実がようやく全員の胸に染み込んでいく。
「……終わった、のか」
海斗が膝をつき、震える手で地面を掴んだ。
ミレイユは胸を押さえ、涙を堪えきれずにその場に座り込む。
子どもたちが親の影に隠れながらも、恐る恐る俺を見上げていた。
だがその視線に、歓喜や感謝だけが宿っているわけではなかった。
恐怖、戸惑い、そして疑念。
――「魔王の部下」という告白が、重くのしかかっていた。
「……本当に、味方なのか?」
誰かの声が静寂を破る。
それは小さな囁きだったが、広場にいる全員の胸を刺した。
俺は膝をついたまま顔を上げた。
村人たちの視線が、一斉に俺へ注がれる。
感謝と恐怖が入り混じったその眼差しに、心臓を掴まれるような痛みを覚えた。
「レインは……」
ナギサが俺にすがりつき、必死に声を上げる。
「ナギサを守ってくれた! 悪い人じゃない! みんな間違ってる!」
涙に濡れたその叫びは、幼さと必死さが滲んでいた。
海斗が立ち上がり、村人たちを見回す。
「確かに……あの人は魔王の部下だったかもしれない。でも――俺たちを救ったのも、他ならぬあの人だ!」
「けど……!」
「明日また裏切るかもしれん!」
反論が飛び交い、村人たちの表情は不安に歪んでいく。
俺は立ち上がり、ゆっくりと槍を地面に突き立てた。
血の気が引き、体は限界に近かったが、それでも言葉を搾り出した。
「俺は――もう魔王の部下じゃない」
炎の残り香の中、声を張り上げる。
「過去は消えない。けど、俺はこの村を守ると決めた! 命を賭けてでも!」
広場に沈黙が落ちた。
その言葉をどう受け止めるか――村人たちの心は揺れ続けていた。
だがその時、すすけた空の向こうから、不吉な黒い影が差し込んだ。
まだ終わりではない。
ヴァルガを失った黒外套の“主”が、次の一手を動かそうとしていた。
黒炎が消え去った広場には、まだ焦げた匂いが漂っていた。
勝利の余韻があるはずなのに、空気は重く淀んでいた。
「魔王の……部下……」
「やっぱり危険なんじゃ……」
村人たちの囁きは止まらず、不安は恐怖へと変わりかけていた。
ナギサは必死に俺の腕を抱きしめる。
「アレンはナギサの! 村を守ってくれたの! 悪い人なんかじゃない!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で叫ぶその姿は、子どものように純粋で、しかし誰よりも真剣だった。
ミレイユは沈黙を守っていた。
だが視線は揺れている。
俺を恐れているのか、それとも信じようとしているのか、自分でも答えを出せずにいるようだった。
海斗が村人たちの前に立ち、声を張り上げた。
「確かにアレンさんは魔王の部下だった! でも今は違う! 俺たちを救ってくれたのは事実だ!」
「……それでも……」
「明日また牙を剥くかもしれん……!」
年長の村人たちが口々に反論する。
俺は息を整え、静かに言葉を放った。
「信じろとは言わない。けど、俺はこの村を守ると決めた。過去がどうあれ、命を賭けてでも」
その瞬間、広場に重苦しい沈黙が落ちた。
誰もが言葉を飲み込み、俺の決意をどう受け止めるか測りかねていた。
その時だった。
東の空がうっすらと赤く染まり、煙のような影が村の上空に漂い始めた。
ざわめきが広がり、誰かが震える声で叫ぶ。
「な、なんだ……あれは……!」
ヴァルガを倒したというのに、新たな脅威が動き出していた。
村人たちの決断を迫る時間は、もはや残されていなかった。
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後書き
第39話では、ヴァルガ討伐直後の村人たちの反応を描きました。アレンの告白は感謝と恐怖を呼び起こし、村人たちの視線は大きく揺れ動きます。
次回は、勝利の余韻を破る新たな脅威と、村がどのような決断を下すかが描かれます。
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