第27話恐怖と勝利の代償

胸を貫かれ、確かに死んだはずだった。

 それでも俺は蘇り、今こうして槍を握っている。

 血の匂いが鮮烈に広がり、世界の輪郭が異様にくっきりと浮かんで見える。


「ひっ……!」

 黒外套の兵が俺を見て怯み、一歩退く。

 その顔には、俺が“死者”であるかのような恐怖が刻まれていた。


「レイン……生きてる。ほんとに……」

 ナギサが涙で顔を濡らし、俺の背中にしがみつく。

 その小さな手が確かに温もりを伝えてきた。

 ――俺は、守らなければならない。


 槍を突き出した。

 刃は敵の胸を貫き、返す一撃で二人目の首を跳ね飛ばす。

 力が湧き上がる。昨日までの俺では考えられないほど、体が軽い。

 死によって強化された力――それが今、敵を圧倒していた。


「ひるむな! ただの人間だ!」

 黒外套の指揮官が叫ぶが、その声は震えていた。

 それでも兵たちは突撃する。

 だが槍を振るえば、三人、四人と次々に血に沈む。

 俺の周囲だけが、地獄のように赤く染まっていった。


 その光景を、村人たちは見ていた。

 弓を構える手が震え、誰も声を出さない。

 ミレイユは唇を噛み、涙を浮かべながら俺を見つめていた。

 ダリオは歯を食いしばり、低く呟く。

「やはり……怪物だ」


「ち、違う! レインは村を守ってるんだ!」

 ナギサが必死に叫ぶ。

 だがその声が村人の心を完全に動かすことはなかった。


 その時、西の柵が再び揺れた。

 別働の黒外套が突入しようとする。

 そこへ海斗が駆け込み、叫んだ。

「泥を流せ! 杭を抜け! 昨日と同じだ!」

 村人たちが一斉に従い、足元の泥に敵が次々とはまり込む。

「いまだ! 矢を撃て!」

 ダリオが指示を飛ばし、矢の雨が黒外套を射抜いた。


 戦場が一瞬、静まった。

 敵の残党は怯え、森へと後退していく。


 ――勝った。

 だが、その場に漂う空気は勝利の歓声とは程遠い。

 村人たちは武器を握ったまま、俺を恐る恐る見つめていた。

 血に濡れた槍と、蘇ったはずの俺の体。

 それは“守り神”であると同時に、“異形の怪物”にも見えただろう。


「……ありがとう」

 震える声でミレイユが呟いた。だがその瞳には、恐怖と困惑が入り混じっていた。


 俺は槍を下ろし、深く息を吐いた。

「俺は……村を守った。それだけだ」

 そう言い聞かせるように呟いたが、その言葉を信じる者がどれほどいるかは分からなかった。


 森の奥では、まだ気配が消えていない。

 黒外套は退いたが、戦いは終わっていない。

 そして俺の存在そのものが、すでに村に新たな火種を残していた。


____________________

後書き


 第27話では、レインが蘇生直後の戦いで黒外套を圧倒する様子を描きました。しかしその勝利は、村人たちに恐怖と疑念を植え付ける結果となります。

 次回は、戦いの余韻と村人たちの反応、そして新たな敵の動きが描かれます。

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