第28話揺らぐ視線

 戦いの後、村には異様な静けさが漂っていた。

 黒外套の死体があちこちに転がり、血の匂いが風に乗って鼻を突く。

 勝利のはずなのに、誰一人として声を上げなかった。


 村人たちの視線は一斉に俺へ注がれていた。

 血に濡れた槍を手に立つ俺を、恐怖と敬意の入り混じった目で見つめている。


「……お前は……何なんだ」

 沈黙を破ったのはダリオだった。

 弓を握ったまま、矢を番えるでもなく、ただ俺を睨みつける。

「胸を貫かれて倒れたはずだ。それを見た。だが……お前は立ち上がり、奴らを薙ぎ払った。どういうことだ」


 村人の間にざわめきが走る。

「本当に……死んでた……」

「化け物じゃないのか……?」


 その言葉にナギサが怒りで声を張り上げた。

「レインは化け物じゃない! レインは……ナギサの群れ! ナギサを守ってくれた!」

 涙交じりの必死な叫びに、数人の村人が視線を逸らす。

 だが疑念が消えたわけではなかった。


 村長オルドが杖を突き、ゆっくりと前に出る。

「……確かに彼がいなければ、村は滅んでいた。だが掟にない力を持つ者は、常に禍を呼ぶ。守り神にも、災いにもなる」

 その重い言葉が広場に落ちる。


 ミレイユが一歩踏み出し、震える声で叫んだ。

「違います! レインさんは……確かに普通じゃないかもしれません。でも、子どもたちを守ったのは事実です! 命をかけて!」

 彼女の必死の訴えに、村人たちの中に動揺が広がる。


 その時、海斗が口を開いた。

「……俺は見た。レインが倒れて、血を吐いて……死んだはずだった。だけど立ち上がった。正直、怖かった。でも……そのおかげで俺たちは生きてる。どっちが正しいとかじゃない。これは現実だ」


 彼の言葉は、場を一層ざわめかせた。

 村人たちは決断できずに互いを見合う。

 恐怖と感謝の狭間で揺れ、答えを出せないのだ。


 俺は槍を下ろし、深く息を吐いた。

「俺は……ただ村を守りたかった。それだけだ」

 その声は誰に届いたのか分からない。


 空を見上げれば、まだ薄暗い曇天が広がっていた。

 森の奥には、退いた黒外套の気配が今も燻っている。

 戦いは終わっていない。

 そして、村人の心もまた大きく揺らぎ続けていた。

 広場の空気は、張り詰めたまま解けなかった。

 火の粉が夜風に舞い、倒れた黒外套の死体が冷たく横たわる。その血の赤は、誰もが目を逸らしたい現実だった。


 村人の一人が震える声で口を開く。

「俺たちは……どうすればいい? あんな力……掟では禁じられている。けど……あの人がいなかったら、今ごろ皆……」

 言葉は途切れ、地面へと落ちた。


 沈黙を破ったのは、またもダリオだった。

「放っておけば必ず災いを呼ぶ。今は守られているように見えても、いずれ我らを滅ぼす。そういう存在だ」

 その瞳は真っ直ぐで、疑いもためらいもない。


「違う!」

 ミレイユが声を張り上げる。

「私たちは生き残った。それはレインさんのおかげです! あの人を恐れて排斥したら、今度こそ滅びます!」

 彼女の叫びに、数人の村人がうなずいた。だが同時に首を横に振る者もいた。


 海斗は拳を握りしめ、震える声で続けた。

「俺だって怖い。でも、俺は昨日、何もできなかった。今日だって知恵で少し手助けしただけだ。それなのに……レインは命を張って俺たちを守った。それを忘れちゃいけない」


 ナギサはなおも俺の腕にしがみつき、睨み返す。

「レインはナギサの。レインを悪く言うやつ……ナギサ、許さない」


 互いの言葉が広場に重なり、村人たちは完全に分かれていった。

 感謝と恐怖。

 信頼と疑念。

 その狭間で、村は大きく揺らいでいた。


 俺は黙って空を仰いだ。

 雲に覆われた空は重く、明け切らぬ夜のように暗い。

 黒外套は退いたが、気配はまだ遠くに残っている。

 戦いは続く――そして、この村の答えもまた、すぐに迫られるだろう。


____________________

後書き


 第28話では、戦闘直後の村人たちの反応を描きました。レインの蘇生を目撃したことで、恐怖と感謝の間で揺れる人々。それを巡ってナギサ、ミレイユ、ダリオ、海斗がそれぞれの立場を鮮明にします。

 次回は、黒外套が仕掛ける新たな動きと、村の決断が描かれます。

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