第18話広場の裁き

 朝の空気は澄んでいたが、村の広場に漂うのは緊張と不安の匂いだった。

 昨日、森での戦闘の最中に現れた謎の光。そして黒外套くろがいとうの一団が残した「三日」という不気味な言葉。

 それだけでも村を騒がせるには十分だったのに、加えて“異物”が現れてしまった。


 広場の中央に立つのは村長そんちょうオルドおるど。杖を突き、深い皺を刻んだ顔で集まった村人たちを見渡していた。

 その脇には、弓を携えたダリオ。そして俺とナギサ。

 そしてもう一人――昨日光と共に現れた男、斎藤海斗さいとうかいとが胸を張っていた。


「おい、あれが……」

「本当に別の世界から?」

「いや、ただの狂人だろう」


 村人たちの囁きが絶えない。

 ナギサは俺の袖を握りしめ、金色の瞳で海斗を睨みつけている。耳が後ろへ寝かされ、尻尾が不快げに揺れていた。


「では始めよう」

 オルドの声が広場に響く。

「まずは、お前の正体を説明せよ」


 海斗は一歩前へ出ると、得意げに宣言した。

「俺は斎藤海斗さいとうかいと! 日本って国から来た“転移者”だ! 現代知識で世界を変える役割があるんだよ!」


 その言葉に、広場の空気が一瞬で凍りつく。

 村人は顔を見合わせ、「にほん?」「てんいしゃ?」とざわついた。


 ダリオが眉をひそめ、矢筒に指をかける。

「知識で世界を変える? 聞いたこともない胡散臭い幻想だな。……つまり何もできないということだ」


「なっ……違う! 俺はチートを授かってるはずなんだ! ほら、ステータス! メニュー! ……あれ?」

 海斗は黒い板を取り出し、必死に叩く。しかし何も起こらない。

 その様子に村人の失笑が漏れた。


「やっぱり狂人だ」

「いや、昨日光ったのは確かに……」

「でも力はなさそうだ」


 海斗の顔が真っ赤に染まり、必死に反論する。

「俺は主人公なんだぞ!? ここは俺の物語で、ケモ耳ヒロインは俺のもんだ!」


 その瞬間、ナギサが前に躍り出た。

「ちがう! レインはナギサのもの!」

 鋭い牙を見せ、尻尾を逆立て、海斗に向かって唸る。


 村人たちが一斉に息を呑む。

 ミレイユが慌ててナギサの肩を押さえた。

「落ち着いて……!」


 オルドは杖を叩き、場を鎮めた。

「黙れ。海斗とやら。お前の来歴が真実だろうと虚言だろうと、この村では掟に従ってもらう」


「掟……?」

「外の者は三日の間に行いを示せ。害をなせば処罰。助けとなるなら受け入れる。……それが我らの決まりだ」


 海斗は悔しげに唇を噛むが、結局うなずかざるを得なかった。

「……わかったよ。その三日間で俺が本物だって証明してやる」


 広場はざわめきに包まれる。だがそのざわめきは、昨日までと違い、海斗を歓迎するものではなかった。

 むしろ「危険な火種」として見ている視線。

 俺はそれを感じ取り、心の奥で重くため息をついた。


 その時だった。

 風が揺れ、鼻腔にかすかな鉄と獣の匂いが走る。

 ナギサの耳がぴんと立ち、低く囁いた。

「……黒外套くろがいとう。森の端にいる」


 全員が一斉に顔を強張らせた。

 オルドは杖を握り、短く言い放つ。

「解散だ。各々備えよ。……三日など待たず、奴らはもう動き出している」


 広場にざわめきが渦巻く中、海斗だけが状況を理解できず、呆然と立ち尽くしていた。

「え? 黒外套? ……イベントの続きか?」


 俺は槍を握り直し、呟いた。

「……遊びじゃない。生きるか死ぬかだ」


 冷たい空気が、村を覆い始めていた。


____________________

後書き


 第18話では、広場で行われた“裁き”を描きました。斎藤海斗が転移者として名乗りを上げ、村人たちの不安と嘲笑を買う一方、ナギサの独占欲がはっきりと示されました。

 最後に再び黒外套くろがいとうの気配が現れ、三日という猶予すら怪しくなり始めます。次回は、迫る外敵にどう立ち向かうのかを描いていきます。

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