第5話識別の光
翌朝、村の空気は張り詰めていた。
遠くから馬の蹄の音が重く響き、やがて街道を進む隊列が現れる。
旗に描かれた紋章――領都の徴税官を示す双頭の鷹。その背後に武装兵が並ぶ。
「来たぞ……」
村人の誰かがつぶやくと、緊張が一気に広がった。
鍬を持つ手が止まり、子供は母の背に隠れる。
俺も同じように胸の奥で冷たいものを感じていた。
――来たか。
これを避けるわけにはいかない。
ただの流れ者“
馬車が村の中央に停まり、青い外套をまとった男が降り立った。
中年の徴税官。冷たい目を細め、村長
「定められし月例の徴収に参った。麦の納めを」
「……心得ておる」
オルドが頷き、村人たちが準備していた麻袋を差し出す。
だが徴税官は視線を流し、俺を見つけた。
ほんの一瞬。それでも背筋を凍らせるには十分だった。
「見慣れぬ顔がいるな」
心臓が強く鳴った。
ミレイユが咄嗟に前へ出る。
「この人は村を助けてくれたんです。……森でロウが危なかった時に」
「ふむ……善行かどうかは、別の話だ」
徴税官は手を挙げた。
兵士が腰の袋から取り出したのは、掌ほどの透明な石。
――
触れた者の魔力の性質や所属を映し出す、真贋を暴く石。
これに触れれば、“元魔王軍”の魔素が浮かび上がるかもしれない。
「新顔は確認が必要だ。こちらへ」
断れるはずがない。
俺はゆっくりと歩き出し、石の前に立った。
村人たちの視線が集まる。ミレイユの瞳も震えていた。
「手を置け」
石は無機質に光を待っている。
俺は呼吸を整え、掌を伸ばした。
脳裏に浮かぶのはステータス画面。
もし今ここで石に映れば、終わりだ。
村も、この暮らしも、すべて――。
掌が触れた瞬間、石が淡く輝いた。
透明な光の中に、文字が浮かぶ。
【
……それだけ。
軍籍も、魔王軍の印も、一切映らなかった。
「……問題なし」
兵士が頷き、徴税官も興味を失ったように視線を逸らす。
村人の間に安堵が広がり、俺も息を吐いた。
なぜだ? あの痕は確かに腕にあるのに。
識別石は本来、魔素の痕跡を逃さないはずだ。
それなのに、俺の過去は覆い隠された。
「納めは確かに受け取った。次の月まで、よく働け」
隊列は馬車に戻り、やがて街道を去っていく。
残されたのは、張りつめた空気と、消えない疑念だった。
「レイン……」
ミレイユが小声で呼んだ。
問いかけか、安堵か、その声にはどちらも含まれていた。
俺は笑みを作り、肩を竦める。
「大したことじゃない。……ただの流れ者だよ」
それだけを告げ、視線を逸らす。
――なぜ石に映らなかったのか。
答えは分からない。だが、ひとつ確かなのは。
俺の“死”で得た力は、ただの強化にとどまらない。
何か、世界の理そのものを歪める性質を孕んでいるのかもしれない。
胸の奥で小さな炎が揺れる。
恐怖と、期待。
それを隠しながら、俺は村の空を仰いだ。
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後書き
今回は徴税官の来訪と
本来なら暴かれるはずの過去が、なぜか覆い隠される。
“死者強化”の力が単なる数値の強化に留まらないことを示す、不穏な一幕になったと思います。
次回は、この出来事をきっかけに主人公自身が自分の力を深く疑い、村に潜む別の影とも関わっていきます。
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