第4話揺れる畑の一日
朝の光が屋根裏を淡く照らす。
鳥のさえずりに目を開けると、
扉を開けると、
――頬に、血色がある。
「おはよう、レイン兄ちゃん!」
「ああ。元気そうだな」
声を交わしたその時、
今日の仕事は畑らしい。彼女に続き、俺も村の中央へ向かった。
村の畑は柵に囲まれ、陽に照らされて土が香っていた。老人たちが黙々と鍬を振るい、若者が荷を運ぶ。昨日の灰髭――村長の
視線が一瞬こちらに向き、すぐに作業へ戻る。警戒は消えていない。だが“使えるかどうか”を見極める目に変わっていた。
「レイン、これお願い」
ミレイユが指し示したのは、束ねられた麦の袋。二人がかりでも運ぶのに骨が折れる重さだ。
俺は肩に担ぎ上げる。筋肉が軋むが、数字が背を押す。
――耐久九十。力は確かに俺を裏切らない。
ただし、目立ちすぎないように足取りはわざと重くした。
「すごいね、兄ちゃん!」
ロウが目を輝かせる。
その無垢な声が、刃より鋭い。過剰に褒められれば、周囲の目が向く。俺は慌てて肩をすくめた。
「いや、大げさに言うほどじゃない。……昨日の疲れが残ってるだけだ」
笑って誤魔化す。だが、オルドの目が確かに俺を追っていた。
柵を直した槌の扱い。軍仕込みの正確さ。
今度は重荷を軽々と担ぐ姿。
――どれも、流れ者に似つかわしくない。
昼、影の下でスープをすする。
村人たちが交わす会話が耳に入る。
「街道から徴税官が来るらしい」
「今月は麦も少ないのに……」
「領都の連中は容赦しないからな」
胸がざわつく。
徴税官の隊列に同行するのは、役人だけではない。兵士、場合によっては魔法使い。
そして、
軍籍や魔力の癖を照らす、小さな石。
あれに触れれば、俺が“元魔王軍”であることなど一瞬で暴かれる。
「レイン?」
ミレイユの声に我に返る。
緑の瞳が真っ直ぐに射抜いてきた。
何も言っていないはずなのに、胸の奥を覗かれた気がして息が詰まる。
「……大丈夫だ。少し考え事をしてただけ」
「ならいいけど。無理はしないでね」
その言葉に救われながらも、心は落ち着かない。
この村に長く留まれば、いつか疑いの目が深まる。
だが去れば――帰る場所はもうない。
夕刻。柵の補修を終えた俺に、オルドが近づいた。
低い声が耳元に落ちる。
「お前……ただの流れ者じゃないな」
心臓が跳ねた。
槌を持つ手が震える。だが次の瞬間、老人は背を向けて去った。
問い詰めはしない。だが、見逃しもしない。
その背中は「証明してみせろ」と告げているようだった。
夜。
屋根裏の藁床に横たわり、俺はステータスを呼び出す。光の板が静かに数字を映す。
死ねば強くなる力。
だがここでそれを晒すことは、滅びへの近道だ。
――守りたいものがあるなら、死なずに強くなる方法を見つけろ。
己にそう言い聞かせ、目を閉じた。
遠く、街道から蹄の音がかすかに響いてきた。
徴税官の影が、もう近づいている。
____________________
後書き
一日の畑仕事を通じて、主人公が「村に馴染もうとする姿」と「正体を隠す葛藤」を描きました。
ただの流れ者ではないという気配を、長と一部の人々は確実に感じ取り始めています。
次回は街道からの来訪者――徴税官の隊列が村に入る場面。
偽りの名と過去を抱えたまま、彼がどう向き合うのかを描きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます