l-ll 大穴

 編成された騎士を連れ、凍てつくような気温の中、足を滑らせぬように慎重に降りていく。しばらく暗い中を松明のみで進んでいくと、今までの様相とは打って変わって、広く開けた空間に出る。明かりもなく、広場のようにも思える。おそらく扉があったであろう場所には何もない。異様な雰囲気と鼻をつくような不快な匂いが漂っている。


「……これが地下牢……か?」

「師団長!こちらを見てください!」


 一人の騎士が呼びかけた方を見ると、そこには両開きの扉があった。元は、牢を厳重に守るためのものだったのだろう。しかし、その扉は、内側にあたる部分がどちらも大きく抉れている。まるで、大きな何かで穴を開けられたようだ。もしそうであれば、その衝撃で吹っ飛んだのだろう、元々扉の位置していた部分の向かいに落ちている、もしくは叩きつけられている、のも納得はできる。

 しかし、いったいどのように。なぜ、封印されているにも関わらず、このように物理的な手段で脱出できたのか。そもそも、のだろうか。

 思案していると、再び大きく結界の割れる音が響いた。上層からだ。師団長!と叫ぶゼーラエに頷くと、上層へつながる階段に向かって駆け出した。



 上層は騒然としていた。先程まで脱走していなかった魔物が解き放たれ、部下が交戦している。獅子と蛇、羊、複数の動物が混ざった姿……混合獣キメラだ。鋭い爪が騎士の一人を切り裂こうと迫るが、数人の騎士により受け止められ、なんとか防がれた。素早く駆け寄り、戦線に加わる。どうやら、脱走しているのはこの一体だけのようだ。大きく振るわれた蛇の尾を薙ぎながら、事態の始終を問う。


「無事ですか、何があったのです!」

「師団長!子ども、子どもが」


 言い終わらぬうちに、返答した騎士に混合獣キメラの牙が迫る。彼では防御に間に合わないと判断し、前に出た。身を低く屈め、混合獣キメラの懐に潜り込み、顎から頭にかけて剣で貫く。素早く抜いたのち、心臓があるであろう箇所を鋭く突いた。

 苦しげな咆哮をあげ、魔物は倒れ込む。反撃を警戒したが、そのままピクリとも動かなくなった。一方、彼はというと、追いついたゼーラエに咄嗟に引っ張られたのだろう、尻餅をついていたが大きな傷は見当たらない。無事そうだ。剣を鞘に戻し、駆け寄った。


「さすがです!師団長!」

「いえ、貴方が無事で何よりです。それで、先ほどの……子ども、というのは」

「それが、師団長。周囲を見回っていたところ、白い髪の子どもがいたのです。もしや、魔物が化けているのでは、と追いかけたのですが、道中で結界が壊れ……」

「それで、魔物が脱走したと」


 このような場所に子どもがいるとは思えないが、魔物が化けているなら納得できる。もちろん、そのような能力を持つ魔物は少なく、いたとしても殆どが強大な力を持っている。それならば、魔術結界も敗れるかもしれない。

 最大の警戒を払うべきだろう。騎士達に伝えようとした瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

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