I-l 意識の釣り針

 寒空を引き裂いた轟音は、夢の沼に沈んでいた意識を引き摺り出すのには十分だった。


「……えっ」


 予想外の事態に固まっていた思考が、一呼吸おいて鳴り響いた何かの割れる音によって動き出す。眠い目を擦りながら、近くに置いてあった愛剣を手に取り、師団長室から飛び出した。


「ウィザム師団長!きっ、緊急事態です!」

「見れば分かります。音の出所を確認しに行きましょう。一級騎士は私と共に、二級騎士は本部と近くの支部へ伝令を出しなさい」

「はっ!」


 どたどたと、先ほどの轟音ほどではないが大きな音を立てながら、見慣れた顔が転がるように迫ってくる。ゼーラエ一級騎士だ。他の一級騎士たちもいる。息が上がっており、こんな極寒の中だというのに汗もかいている。どうやら全速力で走ってきたようだ。少しどもっているがしっかりした発音の報告だ。

 命令を出すと、それぞれが指示の通りに動き出す。ゼーラエも他の騎士を呼び集めようとしたが、動くまでもなく騎士が集まってきた。


「しかし、師団長。今の音はいったい……硝子が割れたような音ですが」

「ええ、おそらく地下の結界が破られたのでしょう。最悪、魔物との戦闘になります」


 数分とたたずに、武装した一級騎士が揃う。私は隊列を組んで地下へ進み出した。



 フェアル教会収容所は、魔物の中でも、特に人類に損害を与えると認定された魔物が収容されている。そのため、収容所と形容されているが実際には軍基地のような厳重さで、訓練を積まれた一個師団によって警備されている。収容されている魔物の多くは討伐を断念され、封印することしかできないと判断された一級魔物である。その強さは、一級騎士の集まりでも死者が出るほどだとも言われている。そして、最も厳重な最下層の牢には、特級魔物が収容されている。

 特級魔物に関しては、私も見たことがない。ただ、と伝えられたのみである。もし、それが逃げ出しているのならば……駄目だ、嫌な想像ばかりしてしまう。やめよう。とにかく今は状況を把握しなければ。

 上層の牢を見て回るが、結界が壊された様子も、魔物が脱走している様子も見られない。部下達も確認をしているが、やはり異常は見られないようだ。


「師団長、どの牢にも異常ありません」

「となると……やはり、最下層か」


 ゼーラエの報告を聞き、確信する。嫌な予感が当たっている気がしてならないが、仕方がない。


「直ちに向かいましょう」

「ええ、しかし大人数での行動は危険ですね。仮に最下層の封印が破られているとしても、魔物がその場に留まっているとは思えません。上層へ、地上へ向かって移動している可能性があります。最下層には少人数で向かい、上層には警備を残しておきましょう。異常を確認次第、上層に帰還します。ゼーラエ、貴方も共に来てください」 

「了解しました」


 私が指示を出すと、ゼーラエは迅速に動き、特に練度の高い騎士を編成してくれた。やはり、私には勿体無い部下だと思う。

 

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