Thread 03|もう一人の“俺”

広く静かな【13階】のフロアで谷口は立ち尽くしていた。

目の前の"自分に酷似した人物"から目を逸らせなかった。

タイピングの音だけが耳に響いた。


「……誰だ?」

声をかけようとして、喉がつまる。


怖かった。

いや、正直に言えば、「確認するのが怖い」という感情に近かった。


──あれが、もし“自分”だったら?


そんな馬鹿な。

でも、ふと男が傾けた首の角度が、昔から自分がやる癖と全く同じで、谷口は背筋に冷たいものが走った。


そのとき。

男が突然、せわしなく動いていた手を止めた。

キーボードを打っていた右手がゆっくりと動き、マウスをクリックする。


次の瞬間、谷口のスマホがブルッと震えた。

Slack通知。DMだった。


──「もう、戻らなくていいよ」


そのメッセージには、送信者名もアバターもなかった。だが、見覚えがあった。

“自分のアカウント”から送られてきていた。

アイコンの色、文字のレイアウト、全部が、自分のプロフィールだった。


「……ふざけんな、誰だお前」

谷口が一歩踏み出すと、椅子の男がゆっくりとこちらを振り向いた。

その顔は──谷口そのものだった。

ただ、どこか「少しだけ違う」。

頬の肉付き。

目の光。

まるで、“自分の皮を被った他人”のように見えた。


「もう、君は自由だよ」


そう言ったのは、紛れもなく自分の声だった。


しかしその響きは、まるで数年ぶりに聞いた“録音音声”のように、声の主は、もう自分ではない気がした。

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