Thread 02|13階へ

コロナ禍以降、一度も出ていなかったオフィスに足を運ぶのは奇妙な気分だった。

社員証のICをかざし、何食わぬ顔でセキュリティを抜ける。


先に並んでいた3名ほどの社員とエレベーターに乗りこみ、行き先階のパネルを見て愕然とした。


──【13】がないじゃないか!


タッチパネルに表示された数字の並びは、12の次が14になっている。


「あの、13階って──」動き出したエレベータの中で誰にともなく聞いてみた。

「13階は無いですよ」怪訝な顔で見られたので「そうですか」と目を逸らして、仕方なく14階を押す。


6階と10階で他の人達は降りて行った。


一人になったエレベータが動き出す。


(14階から非常階段を探して降りてみよう──)そう思った瞬間、

「チッ」と機械音がして、ボタンの下にある光がほんの一瞬だけ点灯した。

【13】という数字が見えたような気がした。

気のせい…だよな。

そう思った。


だがエレベーターはゆっくりと上昇を続け、【13】階で自然に止まった。


***


開いた扉の先に見えたのは、人気のないフロア。


少し古めかしいデスクやコピー機が並ぶ。

時間が止まったような、無音の光景。

ぽつりぽつりと照明は点いているようだった。


俺が一歩踏み出すと、静かにエレベーターの扉は閉じた。


エレベーターの音が消えると、フロアは静寂に包まれた。


恐る恐る、フロアに足を踏み入れる。


飲みかけのマグカップが置かれた机、

資料が散らばった会議卓、

『営業第三課』と書かれたプレート、

そしてその先で俺の足ははたと止まった。


そこには、自分の名前が刻まれたネームプレート付きのデスクがあった。


──そして、その椅子には、“俺”に酷似した”誰か”が、背を向けて座っていた。


近づくと、ノートPCに文字を打ち込んでいる音が小さく聞こえてきた。


背格好、髪型、髪の色、スーツ、どれもまるで自分をコピーしたように似ていて、どれも微妙に違っている。

その背中には、得体の知れない不気味さが漂っていた。


その間も、キーボードを叩く指だけが、異様なほど滑らかに、止まることなく動き続けている。


在宅ワークで俺が使っているノートPCと、同じモデル──。


不気味さや恐ろしさを超えて、ミテハイケナイものを見てしまったという直感と、来るべきではなかった、という後悔が、全身の血を逆流させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る