第3話 ゲームのヒロインを助けるのは、もちろんあのスキル


 視界のマップに示された目的地を目指して草原を駆け抜けると、森の入口に差しかかった。

 そこで俺は――運命的な出会いを果たす。


「……っ!」


 そこにいたのは、一人の少女。

 薄茶の髪を肩で結び、村娘らしい素朴なワンピース姿。

 けれどその顔立ちは――驚くほど整っていた。


「おいおいおい……マジかよ」


 思わず声が出る。


 俺は知っている。この子を。

 『ラストリクエスト』をやり込んだ者なら誰もが一度は助けることになる、最初のイベントのヒロインだ。


 けど、ゲームのときは……。

 ただの茶色いドットに、黒い点で描かれた目と口。

 正直、顔なんてまともに判別できなかった。


「それが……こんなに可愛かったのかよ!?」


 あまりのギャップに、感激で心臓が跳ねた。

 ドット絵じゃ伝わらなかった現実の可愛さが、そこにあったのだ。


「きゃああっ!」


 しかし、今はそれどころじゃないとばかりに、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンが、ぎらつく目で彼女を追い詰めていた。

 棍棒を握ったその姿は、ドット絵で見慣れたチュートリアル雑魚のはず……なのに。


「うっわ、現実で見るとキモさが倍増してんじゃねーか!」


 ぬめった皮膚、歯茎までむき出しの笑み。

 ゲーム画面では可愛げのあるモンスターだったのに、今のそれは完全にホラー。


 まだあれが一体だったからよかったものの、あんなのが大量にいたらと思うと……身の毛もよだつことこの上なしだ。


「た、助けてください!」

 

 少女が俺に向かって必死に叫ぶ。


「オーケー、俺に任せろ!」


 俺は胸を張って前に出た。

 ここで格好つければ、第一印象は完璧。

 村娘ヒロインのハートもがっちり掴めるってもんよ。


 ……そう思った、のだが。


 チラリと開いたステータス欄に目を落とす。


──【STATUS】──

レベル:-2

スキル:殴る、蹴る、掴む、空裂脚


「…………」


 沈黙。


「殴る、蹴る、掴む……あと鹿のケツ蹴り……これでどうやって格好つけろってんだぁ!?!?」


 内心で盛大に崩れ落ちる俺。


 いや、待て。

 まじで格好悪すぎて逆に死ねる。


「と、とりあえず……逃げよっか!」


 俺は慌てて少女の手を取った。

 柔らかな感触に一瞬ドキッとしたが、そんな余裕はない。


「えっ……あ、はいっ!」


 戸惑いながらも、彼女は素直に頷く。

 二人で草原を駆け出すと、興奮したゴブリンがギャァァと喚き声を上げ、棍棒を振り回しながら追いかけてきた。


 まぁやっぱりそうなるかとは思っていたが、想像以上にアイツ……走れるぞ。


 これじゃ一向に距離も開かん。


「幸い一体だけだ……なら、なんとかなるはず!」


 俺は仕方なく立ち止まり、少女を背にかばうように構えた。


「ここで決める……!」


 もちろん空裂脚は使わない。

 カッコ悪すぎて、仮にゴブリンを倒したとしても、俺が恥ずか死ぬからだ。


「殴る、蹴る、掴む! 原始人スキルで十分だぜ!」


 なんたって、コイツはチュートリアルに出てくるモンスター。

 ケルピアとは比べ物にならんくらい弱いはず。


 突進してきたゴブリンに拳を叩き込む。


「うおらぁっ!」


 ドゴッ!

 

 さらに蹴りを重ねる。


 バキッ!


 だが――倒れない。


「……は?」


 いや、確実に効いている……が、倒れるには至らないくらい。


 ゴブリンはよろめいたものの、すぐに棍棒を振り上げてきた。


「なんでだよ! ゲームだったらチュートリアルのゴブリンなんて、一撃で沈んでただろ!?」


 そして俺は思い出した。


 自分の悪しきレベルを。


「こんのっ、クソゲーがぁぁぁっ!!」


 ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。


 くそ、早く避けねぇと……。


 紙一重で回避を試みようとした俺の体は――


 またしても勝手に動いた。


「――や、やめろぉぉ! よりによってこの格好だけはぁぁ!!」


 腰ががくんと落ち、両腕が地面を支える。

 そして――俺の下半身がしなやかに跳ね上がった。


 ドガァァッ!


 完璧すぎるフォームで、ゴブリンの顎を撃ち抜く。

 衝撃で棍棒が宙を舞い、ゴブリンの体がのけぞった。


 視界の端に、村娘の大きな瞳。

 怯えながらも、まっすぐ俺を見つめている。


 恥ずかしい!

 見ないでくれ!


 ――でも……なんだこれ、なんか変な気分……。


 恥ずかしさの一線を越え、何かイケナイ快感が押し寄せてくる。


 背徳感――。

 そして後を追うように迫る羞恥心で俺の頭はもうぐっちゃぐちゃだ。


 一方のゴブリンは悲鳴すら上げられず、地面に沈んでいる。

 

 ゴブリンはピクリとも動かなくなった。

 棍棒が草の上に転がり、あたりに静寂が戻る。


「……か、勝った……のか?」


 自分でも信じられず、呟く。

 心臓はまだバクバクで、汗が背中を伝っていた。


 だが同時に――顔は真っ赤だった。


「ちくしょう……なんでよりによって、この勝ち方なんだよ……!」


 俺は拳を握りしめる。


 転生して初めてのヒロインイベント。

 ここはカッコよく決めるもんだろぉ……。


 だが現実は、ケツを向けての鹿の真似。

 初勝利が羞恥の極みって、どんな冒険譚だ。


「……あああぁぁあ、思い出すだけで死にてぇぇ!」


 羞恥、達成感、情けなさ、そしてほんのわずかな背徳感。

 全部がごちゃ混ぜになり、胸の奥で爆発していた。


 少女は小さく首を傾げて俺を見つめている。


「えっと……助けてくれて、ありがとうございます」


「……お、おうよ」


 向けられるその純粋な瞳と無垢な微笑みに、俺は軽口で返し、


 天を仰ぐ他なかった。

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