第2話 新しいスキルは鹿の後ろ蹴り
俺の新しいスキル――《空裂脚》。
説明欄には「俊敏な後脚によって空間を裂く」とか大層なことが書いてあったけど……。
「ただの鹿の蹴りだよね!? いやいやいや、その前にこれさ、どうやんだよ。俺、人間だぞ!? 後ろ足で蹴るって、関節どう曲げりゃいいんだ!?」
使い方すら分からない謎のスキルには、俺は盛大に頭を抱える。
ブォォォオオオオッ――
そんな俺の心情をよそに、ケルピアは喉を震わせ、再び地面を蹴りつけた。
ドガンッと土をえぐりながら迫ってくる。
「ちょ、待て待て待て!!」
俺は慌てて飛び退いた。
草原に尻もちをつき、必死で這って逃げる。
ケルピアは俺のすぐ横をかすめ、その巨体が通過するたび、風圧で体が揺さぶられる。
「やべぇやべぇやべぇ! できるかよ鹿のマネなんて! 人間は二足歩行なんだよ!!」
ケルピアが急ブレーキをかけ、再びこちらへ向き直る。
突進、回避、また突進。俺はただ逃げ回るだけで精一杯だった。
「というかそもそも、どーやってスキル発動させんだよぉぉ! これ、元々放置プレイのオート戦闘ゲーだろうがぁ!」
ケルピアの瞳がぎらりと光る。
次の突進はさっきまでよりも鋭い。
颯爽と駆けるその姿は、まさに残像すら感じてしまうほど俊敏で、人である俺が反応できる範疇を完全に超えてしまっているものだった。
回避が間に合わない――なんて思う暇もない。
死という明確な現実が脳をよぎったその瞬間、
俺の体が、勝手に動いた。
「……え? うわあああああっ!!」
腰がぐんと落ち、両腕が地面に着地。
そして安定した土台ができた状態で、俺の下半身が、反射的に振り抜かれた。
ドガァッ――!
俺の足は、鹿そっくりのフォームでケルピアの顎を打ち上げていた。
衝撃で空気が裂ける音すら聞こえ、巨体が宙を舞う。
ギュウ……ッ!?
ケルピアは地面に叩きつけられ、そのままピクリとも動かなくなった。
「……倒した?」
俺は呆然と立ち尽くす。
心臓はバクバク、息も絶え絶え。
だけど目の前の現実は――初勝利。
「あれ? 俺、今、完全にケツを向けたまま、敵を倒してたよな!? 転生して初の勝利が、鹿のモノマネってどういうことだよ〜!」
羞恥と困惑がごちゃ混ぜになり、顔から火が出そうになる。
もし誰かに見られていたら、一生笑いものだぞ。
呆然と突っ立つ俺の目の前に、突然半透明のウィンドウがぽん、と開いた。
【討伐報酬を受け取りました】
経験値 +200
ドロップアイテム:獣肉×1、毛皮×1
「討伐報酬まで、しっかりあんのかよ。こりゃ完全にラストリクエストの世界まんまだな」
目の前に現れた光景に、思わずため息が漏れる。
そして一方、さっき倒したケルピア、
本来は血を流し、力なく地面に横たわっていそうなものだったが、その姿はもうこの地上から、すでに消え去ってしまっていた。
ただ淡く光を放ちながらポリゴンみたいに粒子へと崩れ、天へと昇り始めている。
残されたのは、肉と毛皮のみ。
「……ドロップをこうやって現実で見せられると、なんか逆にシュールだよな」
そしてそれもポリゴン状に弾けたや否や、
【ケルピアの肉とケルピアの皮は、アイテムボックスへと収納されました】
ゲーム画面と同じ表示が目の前に。
そのついでにステータス画面が目に入る。
──【STATUS】──
レベル:-2
職業:なし
HP:20/30
MP:0/0
攻撃力:3
防御力:2
敏捷:3
知力:1
運:0
スキル:
・殴る
・蹴る
・掴む
・空裂脚(NEW)
レアリティ:なし
────────────
レベル-2って……。
始めた時より弱くなってんじゃん……。
これ、本当にレベル分解してよかったのか?
――いや、あれがなきゃ死んでたか。
鹿の後ろ蹴り……いや、空裂脚。
あのスキルのおかげで俺は生き延びた。
放置ゲーにおいて最も大切なレベルと、人間にとって一番大事な尊厳を犠牲にして。
なんとも複雑な気持ちだ。
いや、だって本当に恥ずいんだからな?
敵にケツ向けて両脚上げるの。
産んでくれた母ちゃんにすら、あんな格好見せたことねぇわ。
──ピピッ
【新規ミッションが発生しました】
強力な電子音ともに現れた新しいウィンドウ。
そこには見覚えのある文字列が浮かび上がっていた。
【初心者ミッション:村長の孫娘を救え】
報酬:《拠点》シリオン村
「……は?」
思わず声が漏れた。
これは間違いなく、俺が知ってるゲーム――『ラストリクエスト』のチュートリアルで必ず発生するやつだ。
「これって最初の村に入る前、森で魔物に襲われてる女の子を助けるイベントだったよな。たしかゴブリンが現れて、それを討伐するってやつ」
そしてミッションが現れてから、俺の視界の右上に、この辺を差すであろうマップと現在地、目的地が明確に記されていることが確認できた。
ったく親切な転生だぜ。
しかも俺はすでにゴブリンより格上のケルピアという鹿型モンスターを討伐している。
つまり――
「ゴブリンなんて、余裕のよっちゃんよぉ!」
目の前に巻き起こる、非現実的な出来事の連続に、俺の興奮は最高潮に達していた。
「うぉらぁぁ!! 行くぜぇ!!!!」
気分も絶好調だ。
今ならなんだって倒せる気がする。
ケルピア100頭だって、ちょちょいのちょいよ!
俺は心の高鳴りとともに、草原を全力で駆けていった。
いざ目的地へ一直線!
だが、俺は忘れていたのだ。
自分のスキル欄が、
殴る、蹴る、掴む。
そして鹿の後ろ蹴りだけだということを。
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