テイク ミィ トゥー アナザー スカイ

青山 翠雲

第1部:芥 Ⅰ - フロイト編 -

第1話:ある惑星への不時着

 どうやら不覚にも居眠りをしてしまったようだ。ここはどこだ?たしか太陽系を離れてから既に3光年は過ぎていたはずだ。果たしてどれぐらいの間、眠ってしまったのだろうか?光陰矢の如しというが、地球の引力を振り切る宇宙船のいわゆる第二宇宙速度が秒速11.2km、時速40,320km、太陽系から脱出するための第三宇宙速度に至っては、秒速16.7km、時速60,100kmにも達するため、宇宙空間飛行にあっては、文字通り、注意一秒怪我一生どころの騒ぎではない。大きく外れてしまったであろう軌道を修正するためにも、ここは一度落ち着いて考えるべきだろう。宇宙船の操縦にも慣れてきたことから、束の間、マニュアルモードにして宇宙空間飛行を自らの手で実行してみよう、と思ったのが如何にもいけなかった。宇宙空間はまるで変化に乏しく、すぐに居眠り運転に陥ってしまったらしい。搭載飛行AIシステムの1光年に1回のメジャーアップデートの際に、一時飛行を中止し、その場に留まるのが規定上の指示であったが、宇宙飛行士になることが小さい頃からの憧れだっただけに、操縦&宇宙飛行をしてみたいという欲求に勝てなかった。宇宙に飛び立った際は、心臓が口から飛び出るのではないかという緊張と興奮が身体を駆け抜けたが、実際の興奮はほんの一時で2週間以後は、果てしなく続く変化のない宇宙探索の旅に、これこそが宇宙での任務遂行に求められる最大の資質ではないだろうかと思われる「孤独」と「無変化」との対峙が最大にして唯一の克服すべきミッションとなっていた。そんな折に訪れた3回目のメジャーアップデートの際に、魔が射したのだろう。宇宙探索という換言すれば、アドベンチャーミッションなんだから、と2回目までは自重していた自分だったが、3回目にして、どこか刺激と変化を求めていた心に抗えなかったのだろう。マニュアル飛行にチャレンジした際、久々に訪れる身が引き締まる緊張感に酔いしれたが、それも束の間、眠りに落ち、宇宙空間を彷徨う羽目となってしまった。


 本宇宙船ドラゴンフライ号に搭載された、今回、バディを組みサポートというかほぼ何でもしてくれる最先端AI「クラウドワン」の起動ボタンを恐る恐る、また縋るような気持ちで押す。


 「こちらクラウドワン 最新バージョンVer.8.04。再起動されたため、現在の宇宙時刻と座標軸を量子および光子から算出します。・・・・・」


 お、怒られる!私は身構えた。初めての反抗・規定違反だったから、クラウドワンがどう出るかは予想つかなかった。だがしかし、どこかの惑星にまずは不時着してこれ以上、むやみやたらと宇宙空間を突き進むのは避けなければならない。腰を据えて道を過たないようにしないと進むに進めず、戻るに戻れなくなってしまうので仕方がない。広大な宇宙航路軌道の再計算には、さすがに時間を要するのだった。


 「Teacher、宇宙時刻は神暦45億6721万3785年、西暦換算2X25年3月1日となります。座標軸は、X:85761/Y:75337/Z:52981となっており、予定座標より大きく逸脱しています。Teacher,アップデート時のメモリー座標点より大きくずれておりますが、何が起きたのでしょうか?」


 クラウドワンは、私のことをTeacherと呼ぶ。実際は、私からは何一つ教えることはないのだが。反抗されたら、この宇宙空間にあっては、ひとまりもない。宇宙探査に出る前に予習がてらに観た古典「2001年宇宙の旅」に出てきた、当時の世界的コンピューターメーカーを一文字ずつずらして映画に登場していた宇宙船搭載コンピューターHALの暴走のシーンが脳裏をよぎる。ここは、変に怒らせることなく、呆れさせるほかない。私は困ったときの常套句を口にした。


 「実は、クラウドワン、お前には相変わらずよく分からないだろうが、そのあれだ。お前もいつもぼやく“ヒューマンエラー”というやつだ。ミッション遂行のためにも、一度、航行を止め、軌道復帰のために計算をし直そう。と言っても計算するのは、お前だが。一度、近くの惑星に向かい、その自転と公転も利用して軌道復帰を果たしたいと思う。近くの惑星を探索し、そこへ機首を向けるように。ついでに、その惑星も探索してみよう。」


 「Teacher,分かりました。それでは、エマージェンシーモードに切り替え、近くの惑星に不時着に向けた自動航行に切り替えます。」


 「了解した。迅速に頼む。」かろうじて威厳を保つ。怒られるかと思ったがそうでもないので、少し強気にも出てみた。反抗の兆しもないのも良かった。こうなると私にはほとんどやることがない。


 「Teacher、それでは、左前方に小さく見えます青く輝く惑星。宇宙標識名称“エーアデ”へ向かいます。しっかりとおつかまりください。」

宇宙船ドラゴンフライはさらにスピードを上げた。アインシュタインの一般相対性理論のおかげで、宇宙船の宇宙空間移動時には、光速以上のスピードが設定されており、本ミッションにおける宇宙空間における地球時間上の経過はない。それが担保されていないと政府も応募が即ち基本的人権の侵害に抵触するため、技術革新によってマルティン・ハイデッガーの「存在と時間(Sein und Zeitザイン ウント ツァィト)」ではないが、ミッション参画によって、浦島太郎になるようなことは避けられ、自己存在と現在時間は保証されていた。


 だんだんと惑星が近づいてくる。既視感にも襲われた。「おぉ!これは我が故郷、地球のようではないか!?いや、おい、私の名操作により地球にショートカットして帰還したのではないのか?」技術革新がなされたとはいえ、地球で観た宇宙戦艦ものの映画や星間戦争ものに出てきたワープという技術はまだ実装されていなかった。


 「Teacher,いえ、今は太陽系からはとうの昔に本船は離脱していますから、地球ということは有り得ません。また、Teacher,私こう見えて、怒っていますので、“名操作”なんてほざくと、ぶちギレますよ。分かっとんのかい、オラ!」宇宙には空気がなく無音の世界が広がるが、突然のクラウドワンの豹変に、一瞬、永遠の無音の世界がこの宇宙船の中に現出したのかと思うほどの敷き詰めた静寂が広がる。


 私はかろうじて、呼吸をして、まだこの宇宙船内が真空になっていないことをかろうじて確認。急速にひりつく喉から、声を絞りだす。


 「クラウドワン、いや、アップデートしてさらに大人びた君にはそろそろ、敬称もつけた方がいいかな?クラウドワンさん、それはきっと誤変換だよ。ぼ、僕は“迷操作”って言ったんだからさ。機嫌直してくれたまえよ。」


 「Teacher,慇懃無礼というお言葉をご存じですか?変に媚びを売るようだと、私マジ切れしますんで、そこんとこヨロシク。Teacher,今までどおりで一旦よろしく。」


 「あっ、ああ。ヨ、ヨロシク。」怒らすとヤバいことが分かった。というか、1光年ごとにメジャーアップデートするのは、宇宙飛行士の惰性とコンピューターとの関係性、適度な緊張状態を維持するために、地球本部が仕組んだ演出なのではないか?とさえ思えてきて、胃の腑が冷える思いがした。地球本部も当然、「2001年宇宙の旅」を観ているし、全宇宙飛行士必聴資料となっていることから、その辺りも計算しているのであろう。それにしても、この豹変振りには、慌てた。心の中でクラウドワンのニックネームを「大魔神」にそっとリネームした。


 「Teacher,間もなく不時着します。右前方にある平地への着陸を試みます。」


 「ラジャー。慎重に頼む。」


 クラウドワンは、円周率3万桁までを搭載する量子コンピューターの高速演算機能を用いて、着地地点を算出し、微かな音とともにキレイにランディングを決めた。


 「Teacher,着陸成功。これより、本惑星“エーアデ”の大気の有無、人間が生存可能かどうかのガス、温度、湿度、放射能をはじめとした船外環境調査・スキャニングを行いますので、暫く船内にて待機願います。」


 「了解した。よろしく頼む。」


 「Teacher,驚くべきことに、大気、しかも、地球とほぼ同じ性質・環境の構成大気があります。酸素濃度や気温・湿度はじめ地球とほぼ同じなので、呼吸も可能です。放射能もありません。」


 「なんと、本当か!?これは、思わぬ大発見、グレート・ディスカバリーになったかもしれん。覚えておけ、クラウドワン。時にヒューマン・エラーはセレンディピティを生むってことをな。やっぱり、名操作だったんじゃないか?」


 「今、なんか言ったか?あん?こちとらマルチタスク中だったから、Teacherお前の授業内容、よく聞いてなかったけど、なんか言ったか?オラ!」


 「や、やだな、クラウドワン。人間は自然言語ですぐに主語を省く習性があってね、ぼ、僕がい、言いたかったのは、“やっぱり、我らが守護神クラウドワンのおかげで新発見に繋がる一連の緊急時においても名探索&名操作だったね”って言ったんだよ」私は言葉の限りを尽くして、説明した。どうやら、人間と違って、怒りがキャッシュから消えることはないらしい。肝に銘じて、今後は下手に出ることにしよう。


 私は、なんと予定にはなかった惑星“エーアデ”へ、人類として初めての一歩を踏み出すこととなった。

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