第2話:惑星の政情

 そもそも、私がなぜ今、宇宙探索の旅をしているのか、この人跡未踏の未知の惑星に第一歩を踏み出す前の命あるうちに語っておきたい。 


 私は地球上では、ジャーナリストの血を引くITエンジニアだ。たまの日曜日に趣味で小説も書いていた。今をときめく新進の若手棋士とレジェンド棋士との壮絶な戦いを描いた将棋小説では、勝利を確信すると手の震えが出てしまうレジェンド棋士が扇子を切り裂いて最後自分の手に刺すことによって手の震えを止めて歴戦のライバルを捻じ伏せてきた右手で若手の天才棋士を破る話は、大方の予想を覆す話で人気を博していたし、同じく熾烈を極める将棋の三段リーグを描いた小説では、内藤哲也という年齢制限に後がない棋士と有村冴という美貌の初の女性棋士誕生の期待を背負った二人が最後の人枠を争う話は、勝負の厳しさと同時に「人生万事塞翁が馬」ということを感じさせるストーリーは賞賛の嵐を一部から得ていたし、女性棋士として初のタイトル獲得がかかっていた棋聖戦での一番で美貌と知性を兼ね備えた如月美麗は、棋歴の経験では劣る中、人生における経験の差と全身使った"奇策"を弄して何が何でもタイトルを手にする話は、ストーリーの奇想天外さが大きな話題を呼んでいた。かつては考えられなかったことだが、宇宙探査が当たり前の時代になり、ITエンジニアでもあり、物書きも好きとのことで、抽選で宇宙探査を命じられていた。そう、この流れはかつて国民には縁のなかった裁判への参加が裁判員制度として始まり、そこから端を発して、人口減少に伴う生産労働人口不足問題と相俟って国民総参加の流れがいろんな職種に広がっていったというわけだ。それも、AIによって仕事が奪われた人間であったが、かつ、AIが自律的にほぼ下支えを行い、人間は上澄みの最終仕上げ部分を担うことで、社会に貢献しているという気分と矜持、そして存在意義を確かめるべく「役割分担」を担うことで、かろうじてAIと人間が「共存」していた。かつてのマニュアル車がオートマティック車に変わっていくことで、女性ドライバーが急速に増えていったようにノーコードプログラムではないが、未経験者が誰でも簡単に業務参加できるようになっていた。


 「クラウドワン、それでは、惑星探索のため、上陸および船外活動を開始しようと思う。他に補足の情報はあるか?」


 「Teacher、なんとこの星には、生体反応があります!!」


 「何!!それは本当か?で、では、世紀の大発見ではないか!いや、待てよ?となると、私は今、侵略者・インベーダー状態か!?」


 「Teacher,宇宙飛行士規則第1条第1項をくれぐれもお忘れなく。」


 「こ、心得ている。当然だ。」宇宙飛行士規則第1条第1項とは、「宇宙飛行士ミッションに携わる者は、地球を代表しての宇宙航海士としての意識を一時も忘れることなく、もし、地球外生命体と遭遇した際は、みだりに交戦せず、友好かつ親善大使としての使命を第一とし、殺戮行為は厳に慎むべきものとして最終手段とすること。但し、事前教材で学習した映画『エイリアン』のような侵略者となる可能性のある未知の宇宙生命体と遭遇した場合は、これを限りとしない。そのための超小型武器の携行を認めるものとする。幸運を祈る。」という主旨の規則であり、心得であった。

 生命体がいるとのことで、月面に人類初の足跡を残した尊敬するニール・アームストロング船長を上回る歴史的偉業に興奮で打ち震える自分と、単身で未知の惑星に上陸、下手をすれば、戦闘となり、殺害される危険性や捕虜となり、想像もつかない拘束・拷問を受けるかもしれないという恐怖心とがせり上がってきた。


 「クラウドワン。上陸にあたって、情報収集&解析、記録、コミュニケーションが可能な相手なら交渉等を試みたいので、小型高性能情報端末スマートデバイスも用意してくれ。軌道復帰プログラム計算にどれぐらいの時間がかかる見通しだ?」


 「3週間ほどはかかります。座標軸修正には、太陽風のように、各銀河系における諸影響は、この惑星の自転・公転速度との計算等、ご存知のとおり、膨大な算定項目があります。」


 「承知した。私のミスにより、迷惑をかけて済まないが、引き換えに歴史的大発見に繋がるやもしれぬエクスプローラーになったと思って算定してほしい。なんとしても今回の成果を地球に持ち帰りたい。その他、有用な情報はあるか?」


 「Teacher,マルチタスクで並行して外部カメラや大気があることから集音マイク解析をったところ、なんと、こちらをご覧ください。こちらの惑星に住む生物は、Teacher、即ち人間に酷似した容姿や特徴を持っており、しかも、言語体系も音感・Meaning解析をしたところ、日本語と同じ意思疎通言語がこの惑星の共通言語となっているようです!」


 「何?!画面に出してくれ!ほ、本当だ。服まで着ているではないか?これでは、まるで地球だ。それでは、クラウドワンの解析を信じて、この宇宙服は脱いで、行くこととしよう。小型携行武器は置いていくこととする。それでは、クラウドワンは軌道復帰プログラムの算定をしっかりと頼む。それでは、私は船外に出て、惑星探査を開始してくる。不測の事態に備えて、いつでも飛び立てる状態にだけはしておいてくれ。だが、私を置いていかないでくれよ。頼むぞ!」


 「Teacherの先程の大失態への怒りは、この大発見の功績との相殺により、キャッシュクリアされておりますので、ご安心ください。それでは、お気をつけていってらっしゃいませ。ご無事での本船への帰還をお待ちいたします。」



 腹を括って船外に出ることにした。本当に地球と同じ大気組成で呼吸が出来た。「郷に入らば、郷に従え」で震える心を鼓舞し、平静を装いつつ、まずは「人類にとっては小さな一歩だが、人類が宇宙における人類同等の生命体と遭遇することになる大いなる跳躍」となる歩を静かに、しかし、決然と進めていった。


 ジャーナリストの血を引く私は、果敢に街に向かい、堂々と振舞った。耳に入ってくる言葉が瞬時に理解できたのも、安心感に拍車をかけた。驚いたことに、何から何まで我々や地球に酷似していた。まるで、ミラーリングのような世界観であったが、微かな違和感ももちろんあった。その正体が、今の私には瞬時に理解できなかったが、徐々に明らかになっていった。


 堂々と振舞っていれば、特に怪しまれることがないことが時間が経つにつれて分かっていった。また、セキュリティという概念自体が、この惑星はまだまだ緩いらしいことも分かってきた。入り込んだ場所が都会であったことも幸運で、堂々としていれば、いろんな場所への出入りも、例えていうなら昭和40年代ぐらいの感覚でずいずいといろんな建物内の中などにも入っていけた。そして、新聞の入手や小型高性能情報端末でこの惑星のネット環境にも易々と入ることに成功した。


 収集した情報の概要を整理すると以下のとおりとなる。

 惑星“エーアデ”世界は、地球と同じく約200の国と地域から構成されているが、5つの大国といくつかの準大国が幅を利かせており、現在、紛争もしくは一触即発のかなり危険な政情となっているらしい。主な国々の状況は次に示すとおり。


愚史阿オロシア連邦>

 珍憤チンプン大統領という人物が最近、神話の世界に傾倒没入し、かつての大領土時代こそが国境線だと只管に信奉し、10年程前に隣国の栗宮クリミヤ半島に侵攻。世界の国境線を現状から変更しないとする惑星“エーアデ”における国際法を無視して占拠・事実上の自国への実質併合をまんまと成功。ここから領土拡大に向けてのハートに火がついたらしい。3年前に隣国の首都を始め、特別軍事作戦という名の大規模侵略および殺戮行為の暴挙に出る。しかし、大きな愚史阿オロシア帝国の軍事力を背景とした傍若無人な威圧的態度と珍憤チンプン大統領の議論にならない性格から一向に国際的コンセンサスに至らず今日まで来ているが、国際的非難の的になっており、経済的孤立や国内の厭戦ムードもあり、思うような戦果を挙げられずに経済が疲弊していくことから、戦争を一方的に開始した身でありながら現段階ではもはや早期の戦争終結を願う身勝手さを表面化させつつある。まさにの一体何のために戦争を開始したんだ?と問いたくなる支離滅裂ともいえる暴挙暴論を展開していた。


飴利後アメリゴ合衆国>

 現職大統領梅電バイデンが老衰のため、次々と失言や転倒などを露呈し、政治不安が広がる間隙を突き、前大統領であった怒成度・徒乱富ドナルド・トランプが急速に票を集めつつあるとのこと。政権が移行した場合、政策の激変が予想され社会混乱が世界規模で起きるのではないか?との憶測も巷間おおいになされているが、その不安よりも現状の生ぬるいやり方ではダメだ、強い飴利後アメリゴ復活を!の声や折しも沸き起こっている移民問題への不満、格差社会への憤りが、社会不安到来説をも上回る勢いで現状否定選択の声が広まっている。


怒煮婦瑠ドニエプル共和国>

 つい数年前までは、喜劇役者だった魚路出位美瑠・是恋好ウォロディミル・ゼレンスキーが大統領の座へ。地政学的に老労派オイローパと呼ばれる地域と大国愚史阿オロシアとの間に位置することから、そのバランスの中で生きていくより他、選択肢はなかったが、急速に老労派オイローパ諸国が加盟形成する軍事同盟NATTOへの加入熱望要求を表面化させ、公然とその動きを加速させたものだから、裏門の狼である愚史阿オロシアが突然の国境侵入を決行し、愚史阿オロシアからの物量にものを言わせた苛烈な軍事攻撃を受ける羽目となり、喜劇役者から悲劇の大統領へと役柄・演じどころをがらりと変えざるを得なかったのは歴史の皮肉というより他ない。ただ、怒煮婦瑠ドニエプル共和国のNATTO加入熱望表明のトリガーは愚史阿オロシアによる栗宮半島の併合、事実上の自国への編入だったのであり、愚史阿オロシアの自業自得・因果応報とも言われていたが、怒煮婦瑠ドニエプル共和国のNATTO加入熱望表明は、その後、ことになる。歴史と地政学的見地からこの国を概括すれば、肥沃な穀倉地帯と希少金属レアメタルを始めとした鉱物資源の産出地域を有しながら、長らく安定した国家を成立させることができてこなかったのは、「あまりにも多くの民族が交じり合う民族の接点」に位置していたからに他ならない。誰しもが、この地を有したい誘惑に駆られ、常に軍事的進出する旨味がある土地として標的とされ続けてきた哀しき宿命を負わされた地なのであった。長らく何度も愚史阿オロシア支配下の苦汁を飲まされ、生理的拒絶に至るようになったのは、豊富な穀倉地帯でありながら、外貨獲得のために100年ほど前に愚史阿オロシアが自分たちが食べる分まで根こそぎ農作物を持っていき、大飢饉が発生した。「食い物の恨みは忘れない」というが、虐殺よりも、真綿で締め上げるような「飢えの苦しみ」は深く深くそのDNAに刻みこまれ、決して二度と愚史阿オロシア支配下には入らないという刻印が国民一人ひとりの心臓に刻みこまれているのであった。


解流満ゲルマン連邦共和国>

 名相芽婁蹴メルケル首相時代は一癖も二癖もある老労派オイローパ諸国の中において盟主足り得る影響力を発揮し続けていたが、芽婁蹴メルケル退任後の庶留津ショルツ首相は人気・影響力ともになく、それを挽回すべく、単身、紛争続く渦中の怒煮婦瑠ドニエプル共和国単独訪問などをするが、それがかえって、スタンドプレーだなどと批判を浴び、もはや党勢・統制ともに維持するのは困難な情勢。先の大戦の敗戦における民族弾圧の反省から移民には寛容な姿勢を取り続けていたが、国内の賃金格差からくる治安悪化問題が社会問題となり移民問題と国内分断を招いており、悪循環が続いている。また、数年前に愚史阿オロシアとの間に天然ガスの安定供給のために開設した瓦斯北回廊ノルトラインであったが、この怒煮婦瑠ドニエプル共和国への侵略戦争により、老労派オイローパ諸国と経済制裁を愚史阿オロシアに加えるため、これを閉鎖。また、脱原発を敢然と進めていた折であったため、国内エネルギー安定供給問題も浮上。寒さ厳しきおりの冬の暖を取るため、隣国から原子力エネルギーを高値で輸入せざるを得ず、さらに国内経済は疲弊。年金で暮らす高齢者の死活問題にまでに発展。そこにまた公的資金による援助をせざるを得ず、完全に負のスパイラルに入りつつある。安い労働力である移民を雇い、自国民を解雇する。しかし、移民の給料は低く抑えられたまま。自国民は職を失い、移民は懸命に働くも賃金は低く抑制されたまま。組合を作るなどの組織力はまだなく不満は溜まる一方。治安は悪化する一方で、出口のない不満は、極右政党に向かい、移民排斥・強い解流満ゲルマン帝国復活への渇望など、自国保護主義のみならず帝国主義までもが公然と語られるようになり、まるで、先の大戦前のような雰囲気までもが醸成されつつある不穏な政情となっていた。しかし、この傾向は、なにも解流満ゲルマン共和国に限ったことではなく、この惑星の先進国と言われる影響力の大きい国々共通にみられる不吉な予兆として社会のマグマとして、渦巻いていた。


御仏覧酢オフランス共和国>

 老労派オイローパにあって、最大の原子力発電大国。戦時には標的になる恐れと常に背中合わせに生きているため、その辺りの情勢には目を光らせつつ、ピンチはチャンスに変換すべく、隣国解流満ゲルマン連邦共和国にここぞとばかりに高値で原子力発電した電力を売りまくっている。そこは、一時、かつての敗戦国でありながら、老労派オイローパ諸国の中において盟主の座を占めていた隣国の相対的影響力を下げておこうという、物理的国境線のない老労派オイローパにあって、生き馬の目を抜くが如し胆力で世を渡っていかなければならない一国のトップとしては当然の戦略でもあった。執政は、捲論マクロン大統領が担っており、紛争当事者たちの仲介役も前半買って出るが、脳裏に上記のような思惑もあり、本気での停戦仲介は行わず、各国の疲弊度合と自国エネルギー産業の隆盛を天秤にかけながらの"外交政治"を展開していた。


不淫濫土フインランド共和国>

 世界一美しい首相と呼び声が高かった真凜マリン首相が国内政治の舵取りをしている。国外に目を向ければ、世界で愚史阿オロシアと一番長い国境線を有しており、これまでの歴史の中で何度も煮え湯を飲まされてきているだけに、ただでさえ神経を使う外交手腕が求められていたが、愚史阿オロシアによる怒煮婦瑠ドニエプル共和国への侵入により緊張は極限にまで高まる。極度の緊張状態に、束の間の自己解放の癒しを求めたか、腰をくねらせ、手のひらを舐めながら踊りまくる首相官邸での乱痴気ダンスパーティの動画が流出。政治生命危うしと思われたが、「私も人間。ストレスを解放する必要があった。あれは外部に出るべきものではなかった。」と堂々と釈明し、人それぞれ胸に手を当てれば、録画・流出されては困るような行いが一つや二つあるとみえて、その後沈静化。国の難局を乗り切るべく全力投球姿勢に、清楚で美人な首相のあられもない姿の暴露という好餌に自国民のみならず世界の耳目が集まったスキャンダルによる失脚の危機を見事に乗り越え、滑り込みセーフのタイミングで悲願だったNATTOへの加盟を交渉の末、見事果たし、国民の快哉を浴びるところまで挽回していた。仕事は仕事、プライベートはプライベートと峻別する老労派オイローパならではの伝統的個人主義思想に立脚した国民のモノの見方にも助けられた。


 この不淫濫土フインランド共和国とその隣国巣上伝スウエデン共和国のNATTO加盟が受理されて、怒煮婦瑠ドニエプル共和国の加盟申請がなかなか受理されないのは、まさに地政学からくる決定的な違いでしかなく、半島内の形状を成しているか、それとも両勢力の間に挟まる位置にあるのか、が判断を分ける結果となった。つまり、怒煮婦瑠ドニエプル共和国はどちらの軍事同盟に属さない「緩衝地帯」として据え置かれた方が、両陣営にとって好都合であったのである。怒煮婦瑠ドニエプル共和国もいつまた態度を豹変するかもしれないわけであり、のらりくらりと判断の保留が続けられていた。それだけ、難しい地政学的ポジションに位置していると言えた。


 私がジャーナリスト精神を活かして、短期間の取材ではあったが、この惑星“エーアデ”を取り巻く目下懸案の政情というものは以上のようなものであった。

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