第六章 一話 黒き城
カトレアを追って駆け抜けた道の果てに、黒い城がそびえ立っていた。
かつて人々の信仰を集めた聖地に似ているが、その輪郭はどこか歪んでいた。黒曜石のような壁は光を吸い込み、塔の先端には血のように赤い紋章が浮かび上がっている。冷たい風が吹きすさび、近づくだけで胸の奥を圧迫されるような重苦しさがあった。
「……ここが」
カイムが息を詰めた。剣を握る掌に冷たい汗がにじむ。
大扉の前に、三つの影が待ち構えていた。
モルガナ、キャシー、カトレア――三人の魔女。
すでに満身創痍であるはずの彼女たちが、なおも姿勢を崩さず、堂々と立っていた。
モルガナの青灰の髪は乱れ、紫の唇は血を濡らしている。
キャシーの鮮紅の髪は煤で焦げ、制服の裾は炎に焼かれ黒くなっていた。
カトレアの黒髪は乱れ、深緑の瞳は疲労で揺らいでいる。衣の裂け目から覗く肌は無数の荊の棘で裂かれていた。
それでも彼女たちは笑みを浮かべた。
「ようやく来たのね、人間」
カトレアが、声に覇気を込めて告げる。
その声音には疲弊が滲んでいたが、意思は微塵も揺らいでいなかった。
「三人揃ってまだ立つか……」
モルドが唸る。剣を半ば抜いたまま、重苦しい空気を全身で受け止めていた。
「やっほー、人間!」
キャシーが無邪気に笑い、腕を広げる。炎の粉がぱちぱちと散った。
「人も街も建物も、ぜーんぶ燃えて灰になるんだよ! 舞台で灰になって散るんだぁ……きれいでしょ? アタシの炎!」
狂気と幼さが混ざり合うその言葉に、ティナが思わず眉をひそめる。
「なんて……なんて残酷な……」
「残酷? あはは、違うよ。これは役目。――私たちの、使命なの」
モルガナが静かに付け加える。
次の瞬間、荊が石畳を突き破り、カイムとモルドの前に走った。
カイムは即座に剣を構え、モルドが踏み込み荊を切り払う。
「来るぞ、カイム!」
「分かってる!」
同時に、背後から紫炎の奔流が襲いかかる。
「ルーカス!」
「解析済みだ。燃え広がる前に抑え込む!」
両手を広げたルーカスの周囲に青い膜が展開し、炎を受け止め、渦のように巻き込み逆流させる。
「お前の炎は美しいが……俺の術理の方が勝る!」
「うっざぁい! でも楽しいっ!」
キャシーは無邪気に跳ね、再び炎を巻き起こした。
その背後から、呪いの霧がじわりと広がる。
「気を抜けば、即死よ」
モルガナの囁きと共に、黒紫の瘴気が勇士たちを包もうとする。
「させない!」
クリスの障壁が展開し、呪霧を弾いた。
さらに回復の光を仲間の背に流し込みながら、彼女は歯を食いしばる。
「絶対に……通さない!」
「右から荊! モルド、切り払って!」
ティナの声にモルドが反応し、剣を閃かせる。
「よし、次は俺の番だ!」
カイムがその隙を突き、カトレアへ踏み込む。
だが荊はまるで生きているように絡み合い、カイムの足を阻む。
「くっ……!」
「動きが単調。もっと工夫しなきゃね」
カトレアが冷ややかに告げ、さらに荊を走らせた。
攻防は熾烈を極めた。
三魔女は確かに疲弊している。
だがその執念と矜持が、彼女たちの体を無理やり戦わせていた。
*
戦いの最中、クリスが思わず叫んだ。
「なぜ……なぜそこまでして戦うの!?」
その声は、モルガナに届いた。
魔女は足を止めず、手を振りながら淡々と答える。
「私たちの役目は、あなた達をここで始末すること。……ルシフェル様が望んでいるから」
「そんな理由で……!」
ティナが震える声を上げた。
「そんなことで命を捨てるなんて……!」
モルガナの表情に揺らぎはなかった。
「それが私たちの存在理由。……それ以外に、生きる意味なんてない」
カイムの胸が締め付けられる。
剣を振るう腕が、一瞬止まった。
――悲しい戦いだ。
同じ思いが仲間たちの胸にも広がっていた。
何度もトドメを刺す好機は訪れている。
だが誰も刃を振り下ろせない。
「俺たちは……本当にこれでいいのか」
モルドが呻く。
しかし迷いの間にも、魔女たちは次の術式を紡いでいた。
呪詛、炎、荊――三つの禍々しい気配が重なり合い、空気が振動する。
「来るわ!」ティナの声が震えた。
「これは……今までとは違う……!」
三人の魔女が同時に詠唱を終え、天空と大地が暗紫に染まり始める。
「……くそっ」
カイムが剣を握り直す。
胸の奥に苦しみを抱えながら、仲間と共に構えを取った。
――悲しい矜持が、今まさに牙を剥こうとしていた。
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