第四章 三話 刃の歌、弓の月
石畳を裂く音と、刃が鳴き交わす金の音。そのただ中で、戦場の支配者が静かに入れ替わった。
「俺たちが前に出る!」
「後ろは任せた!」
モルドとランスが同時に踏み込む。二人が作る前線は、壁ではない。押し流す奔流だ。
モルドの大剣は重さそのものを武器とし、振るうたびに数人をまとめて弾き飛ばす。
ランスの剣は逆に、無駄を削ぎ落とした最短の線。突きが空気を裂き、返しの刃が敵の呼吸を断ち切る。
「右の間、半拍遅い!」
ティナの声。月女神の義手が光を帯び、透明な弓を描く。未来視で読んだ瞬間に矢が放たれ、兵士の足を縫い止める。
間合いが崩れた敵へ、モルドの一閃が容赦なく叩き込まれた。
「左、低い突き!」
「了解!」
ランスが刃を寝かせ、敵の突きを受け流す。すかさずクリスの小障壁が差し込まれ、剣筋を逸らす。
できた隙に、カイムの剣が敵の喉を切り裂いた。
「助かった!」
「次、正面!」
連携は噛み合っていた。ルーカスの赤黒い衝撃が体勢を揺らし、ティナの矢とカイムの剣がそこを断ち切る。
クリスの小障壁は死角を次々と消し、仲間を守り続ける。
優勢――誰もがそう感じた。
だが、低い祈りの節が響いた瞬間、空気が変わった。
二人の神官が現れ、兵士たちの脚に加護を与える。剣速が増し、斬撃が鋭さを増す。
ティナの矢も予測しきれず、クリスの障壁にひびが入る。
押し返していたはずの戦況が、逆に押し込まれ始めた。
さらに三人目の神官――鎧を纏い、剣を抜いた長身の男が現れる。
祈る神官ではなく、斬る神官。兵士の列に混じって前へ出、鋭い一閃で王国騎士を倒す。
その剣筋は、モルドやランスと同格。呼吸も間合いも研ぎ澄まされていた。
「正面、危険!」
ティナの矢が神官の喉を狙うが、細剣が正確に払い落とした。
「強えな……!」モルドが歯を食いしばる。
「面白い」ランスの目が燃える。
二人は左右から同時に仕掛ける。
だが、神官は最小の動きで受け流し、崩れない。
戦況は膠着し、王国騎士団はじわじわと押し下げられていった。
そのとき――空気が、凍った。
白亜の教会から降り立ったのは、白い翼を広げた天使。
黄金の輪が背後に浮かび、手には光の剣。
ミカエル。
「争いは、整えるためにある」
澄んだ声が戦場全てを支配した。
ランスが真っ先に動く。
「王国騎士団長、ランス――行くぞ!」
最速の突き。だが、光の剣は半歩だけ滑り、頬を掠めただけで通らない。
「なっ……!」
モルドの大剣が割り込むが、やはり受け止められない。
ミカエルは刃を“受けず”、当たりを消していた。
「通らねえ……!」
「当たっていないんだ」ランスが吐く。「受けてすらいない……」
次の瞬間、光が伸びた。
モルドの胸を狙った突き。
「モルド!!」
ランスが身体を滑り込ませ、肩で受けようとした。
だが、光は骨の隙間を選ぶように心臓へ突き刺さる。
血が一筋、赤く散った。
ランスの瞳が揺れ、声がかすれる。
「……モルド……部下たちを……頼む……」
その一言を残し、力が抜けていった。
「ランス――ッ!!」
モルドの咆哮が戦場を震わせる。
怒りに身を任せ、彼は大剣を振りかざしてミカエルへ突撃する。
刃は確かに届いた。だが光の翼は傷一つ付かない。
逆に、ミカエルの剣が容赦なく振り下ろされた。
「モルド、下がって!」ティナの声。
「障壁!」クリスが叫ぶ。
刃が障壁に触れ、砕け散る光の破片が宙に舞う。
すかさずルーカスが空間をねじ曲げるように魔法を放ち、モルドを後方へ押し戻した。
「落ち着け! 無駄死にする気か!」
モルドは荒い息を吐きながら、地面に片膝をつく。
ランスの亡骸が視界にちらつき、耳には最後の言葉が焼き付いていた。
一方その間にも、ランスの部下たち――王国騎士団の面々が兵士と神官に押されていた。
隊長を失った混乱、劣勢の中で、悲鳴があがる。
モルドは血のついた拳を固く握り、立ち上がった。
「……ランス、お前の部下は死なせねえ」
背を仲間に向け、騎士団の元へ駆け出す。
「――あっちは俺に任せろ!」
戦場の炎はなお荒れ狂っていた。
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