第四章 四話 継がれし剣

戦場を震わせたミカエルの一突きは、ランスの命を奪い去った。

 血に濡れた亡骸の傍らで、モルドは荒い息を吐きながら立ち上がる。胸に焼き付いて離れないのは、最後に絞り出された言葉――


『……モルド……部下たちを……頼む……』


 あの声が、耳にまだ残っている。

 王国騎士団の兵たちは今まさに押し潰されようとしていた。彼らは必死に剣を振るうが、剣技を強化された兵士と神官の前に劣勢は明らかだった。


「……やらせねえ」

 モルドは低く呟き、血に濡れた大剣を担ぎ直した。


「――あっちは俺に任せろ!」


 叫ぶと同時に駆け出す。背を守っていたクリスたちへ振り返ることはしない。仲間たちはきっとミカエルを引き受けてくれる。自分はランスの言葉に応えるだけだ。


 敵兵の列へ飛び込み、大剣を横薙ぎに振るう。

 三人の兵士が宙を舞い、石畳に叩きつけられた。振り下ろされた剣を肩で受け止め、渾身の力で押し返す。返す刀で二人まとめて切り伏せる。

 血と鉄の匂いが鼻を刺す。だが止まらない。


「モルド様だ!」

「まだ戦える!」


 騎士団の兵たちの瞳に光が戻る。

 士気が上がった剣の一振りは、恐怖を押し返す。彼らの剣が兵士たちを次々と斬り払い、戦場の空気が変わり始めた。


 モルドはその勢いを押し広げ、神官へ迫った。

 鎧に身を固め、剣を握ったまま祈りを紡ぐその姿は、兵を統率する柱だった。

 神官の剣が閃き、モルドの肩口を狙う。だが彼は一歩踏み込み、あえて斬撃を肩にかすらせ、そのまま肉を切らせて骨ごと大剣を振り抜いた。

 重い衝撃が響き、神官は呻き声と共に崩れ落ちる。


 荒い息を吐き、モルドは倒れた神官を見下ろした。

 その手から零れ落ちた剣――神々しい光を帯びた刃が、石畳の上で淡く輝いていた。


 思い返す。

 さっきの、自分の無謀な突撃。

 ミカエルに剣は届いたが、傷一つ与えられなかった。

 「人の剣では、神には届かん……」


 モルドは拳を固め、唇を噛んだ。

 目の前の剣を握り締める。血と祈りが染み込んだそれは、人の業と神性を併せ持つ特別な刃――天使の剣。


「……借りるぞ。ランス……そしてお前も」

 神官の亡骸に一瞥を送り、モルドはその剣を掲げた。


 刃が光を帯びる。

 その光に、騎士団の兵たちは思わず声を上げる。

「モルド様……!」

「天使の剣だ……!」


 だがモルドは兵の歓声に振り返らない。

 ただ、まっすぐに教会前へと向き直った。


 そこでは、カイムたちがなお苦戦していた。

 ミカエルの光刃が鋭く薙ぎ払われ、カイムの剣を逸らす。

 ルーカスの魔法が圧を削いでも、一瞬後には天使の剣が全てを断ち切ろうと迫ってくる。


「次、右下から来る! 避けて!」ティナの声が飛んだ。

 その瞬間、クリスが小障壁を展開。ミカエルの斬撃が僅かに軌道を外れ、カイムの肩を掠めるに留まる。


「次は頭上! 今だ、伏せて!」

 矢が飛び、ミカエルの翼の一枚をかすめた。その半歩の揺らぎに、再びクリスの障壁が割り込む。

 火花が散り、仲間の身体は守られた。


「クリス、左腕! 次の突きが来る!」

「分かってる!」


 未来視で予知された動きを、クリスが即応する障壁で受け流す。

 その献身は留まるところを知らず、何度も仲間の命を繋ぎ止めた。


 ミカエルは一度剣を止め、クリスを見た。

 金色の瞳が、まるで興味深い標本を見るように細められる。

「……その献身、その聡明さ。人の女にしては惜しい」


 微笑を湛えたその声は、戦場に似つかわしくないほど穏やかだった。

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