序章 二話 血と光、そして守護の誓い

白光が扉を裂き、複数の影が雪崩れ込んでくる。

 兵隊。無表情のまま槍を構え、羽音を響かせながら部屋に侵入した。


 カイムはすでに剣を握っていた。

 濡羽色の剣。角度によって赤紫に脈動するその刃は、握るだけで心拍と同じ鼓動を刻む。


「……来いよ」


 兵隊たちが一斉に槍を突き出した。

 刹那、カイムの体が勝手に動く。剣がしなるように振るわれ、光の槍を砕いた。火花のような光片が宙に散り、視界を覆う。


「俺は――もう戦える!」


 叫びが胸を突き抜ける。

 勢いのまま踏み込み、濡羽色の剣を振り下ろした。刃が白鎧を断ち割り、兵隊の翼を斬り落とす。悲鳴はない。光が弾け、肉体はその場で塵と化した。


 二体目、三体目――。

 怒涛のように押し寄せる兵隊を、剣は容赦なく薙ぎ払った。黒い刃に触れた瞬間、神性の輝きは吸い込まれるように消えていく。

 恐怖はない。代わりに胸に湧くのは、説明のつかない昂ぶりだった。


「はああっ!」


 最後の兵隊を斬り伏せると、部屋に静寂が戻る。

 荒い息を吐きながらカイムは剣を見つめた。

 ――戦えた。

 この手に、力がある。


 ◇ ◇ ◇


 その光景を、路地の陰から見ていた瞳があった。

 クリス。


 信じられなかった。

 幼馴染であり、恋人である彼が――あの優しいカイムが――天使を斃している。

 胸を掴む衝撃は、恐怖だけではなかった。理解できない感情が入り混じり、言葉にならない。


 だが、その混乱を断ち切るように声が響いた。


『フフ……面白いものを見ただろう、娘』


 振り返った先に立つのは、黒衣の悪魔――メフィスト。

 深紅の瞳は愉悦に揺れている。


『あれは小僧自身が望んだ力だ。……で、お前はあの小僧の、何だ?』


 クリスの心臓が跳ねた。唇が震える。

 だが、次の瞬間には迷わず答えていた。


「……恋人よ」


 メフィストの笑みが深まる。だがすぐに、その口から放たれた言葉は残酷だった。


『恋人? あの小僧は記憶を差し出したのだぞ。大切な存在がいるとは思えなかった。

 すまないな、娘。あの小僧はもうお前を愛する心を持ち合わせていない。

 我が天使達から逃れる力の代償として……人を愛する心も頂いたのだ』


 胸を抉られるような痛み。

 愛されていない――そう突きつけられたのに、不思議と涙は出なかった。

 それでも心は揺るがなかった。


「……それなら、私も。あの人を守るために――力をください」


 メフィストは目を細め、喉の奥で笑った。


『ほう……娘よ、お前は小僧より覚悟が早い。ならば与えよう。守護と癒しの力を』


 黒霧が渦巻き、クリスを包み込む。

 心臓が灼けるように痛む。全身を針で貫かれるような苦痛が走る。

 それでも彼女は声を上げない。ただ唇を噛み、耐え抜いた。


 やがて霧が収まると、両手に淡い光が宿った。

 柔らかくも強靭な輝き――障壁と癒しの力。


「……これで、私も一緒に戦える」


 クリスは息を吐き、視線をカイムへと向けた。


 ◇ ◇ ◇


 外から新たな羽音が響く。

 今度は兵隊ではない――より強い威圧感を伴っていた。


「……中級天使――神官……」


 カイムが濡羽色の剣を握り直す。

 扉を打ち破り、神官が現れた。背後には再び十体の兵隊。


 圧倒的な数と、指揮を執る存在。

 それでも、今は一人ではない。


「カイム!」


 光の槍が一斉に放たれる。

 その瞬間、クリスが両手を突き出した。


 ――障壁。

 淡い光の壁が展開され、迫る槍を弾き返す。


「……クリス!? お前……」

「私も戦う。あなたを守るために、この力を手に入れたの」


 瞳に宿る強い意志に、カイムは息を呑んだ。

 二人の物語が、今、並び立って動き始める。

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