序章 三話 並び立つ者たち
光の槍が雨のように降り注ぐ。
神官の指先がわずかに動くだけで、兵隊たちは統制された一糸乱れぬ攻撃を繰り返した。
「くっ……!」
カイムは濡羽色の剣で槍を弾きながら踏み込む。しかし三方向から迫る兵隊に囲まれ、次第に動きが鈍っていく。槍が頬をかすめ、熱い血が流れた。
「カイム!」
クリスの声と同時に、眩い光の壁がカイムの前に展開された。
神官が放った光の波動が直撃する寸前、その障壁が衝撃を吸収して弾き返す。
光と光がぶつかり合い、轟音が室内を震わせた。
「……助かった」
「気にしないで。これからは、私も一緒に戦う」
息を切らしながらも、クリスの瞳はまっすぐにカイムを射抜いていた。
幼馴染として、共に歩んできた長い年月――。
カイムにはそれ以上の記憶は残っていない。けれど、今も隣に立ってくれる存在の温かさは確かだった。
◇ ◇ ◇
兵隊の群れを斬り伏せ、残るは神官一体。
その両腕が広がると、空気が重く沈む。圧倒的な威圧感。
「下賤の者にしては、よく抗う……だがここまでだ」
神官の声は冷たく、淡々とした響き。
次の瞬間、周囲に展開した光が一斉に槍となり、二人へと襲いかかった。
「障壁!」
クリスが叫び、光の壁を展開する。だが数が多すぎる。
障壁はたわみ、今にも崩れそうになる。
「クリス、もう持たない!」
「……なら――返す!」
その瞬間、クリスの障壁が脈動した。
淡い光が鋭く跳ね返り、神官の放った槍を逆流させる。
まるで鏡のように跳ね返された光の矢が、神官自身を穿った。
「ぐっ……!」
神官が大きくよろめく。
だが――反射の発動に耐え切れなかったのはクリスの方だった。
「……っはぁ……っ!」
障壁が崩れ落ち、クリスの膝が床につく。
顔は蒼白に染まり、肩で荒く呼吸していた。
「クリス!」
「……大丈夫……っ。今のうちに……!」
必死の声に押され、カイムは走り出す。
濡羽色の剣を振りかざし、揺らいだ神官へと渾身の一撃を叩き込んだ。
――轟音。
黒き刃が光の盾を裂き、神官の身体を貫通する。
その瞬間、神性の輝きが断ち切られ、眩い閃光と共に神官は崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
「……終わった、のか?」
カイムは剣を下ろし、荒い息を吐く。
その手が震えていることに気づき、眉をひそめた。
剣を握る手の甲に、淡い黒い筋が一瞬浮かび上がった気がした。
視界の端で脈打つように揺らめいたそれは、瞬きをした時にはもう消えていた。
「……今のは……?」
自分でも説明できないざらついた感覚が、腕の奥に残っていた。
けれど考える暇はない。
背後でクリスがふらつきながら立ち上がろうとしていた。
「無理するな」
「……平気よ。少し、体力を削られただけ」
声は弱い。だが、その瞳はまだ光を失っていなかった。
守り抜く力――彼女の決意の輝きがそこにあった。
カイムは剣を見つめ、そして幼馴染を見やる。
――俺は戦える。
だが、一人ではきっと勝てなかった。
その胸に広がるのは疲労と、わずかな不安。
黒い筋の感触が、頭の片隅から離れなかった。
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