第5話 オタクは、オタク趣味を語る
昨日の連れ込み宿とは違う、広めの部屋の宿で、四人部屋を取った。
普通の宿に四人部屋はあまりない。あって二人部屋がせいぜいだ。
なのに四人もの人間が泊まれる部屋があるのは、お付きの人がいる豪商や貴族、中流以上の階級の人たちが利用する宿だからだ。
「へっへー、一度来てみたかったんだよね、この宿!」
「うん。高位冒険者もパーティで泊まり利用するみたいだからね。やっぱり、機会があったら一回は来てみなくちゃ!」
喜びのあまりベッドに飛び込むエイジャさんを、クルスさんも叱らない。
冒険者間では憧れの宿だからだ。
四人一泊食事付きで、金貨二枚が飛んだ。日本円で、一泊一人五万円だ。
でもまぁ、これも経験か。それに壁も厚いので、ぼくらの秘密話が聞かれることもない。
「んで? オタクくんさぁ。ウチら、まだ意味がよくわかってないんだけど。『違う世界の記憶がある』って、どーいうことなわけ?」
転生のことを聞かれた。
それが聞きたくて、こんなにしっかりした部屋を取ったのか。
三人とも座って、ぼくに向き合っている。逃げられる気はしない。
「ぼくは、十六年前にこの世界に生まれたとき、精神が『違う人間』として生まれたんですよ。生まれた瞬間から、はっきりした意識がありました」
「なにそれ。……いや、めんご。続けて」
エイジャさんが続きを促す。
三人に信じられる気はしないけど、三人の秘密を知っちゃったんだ。
せめて、本当のことを話しておかないとフェアじゃないだろう。
「ぼくは、この世界に生まれる前、『地球』という世界の『日本』という国に生きてました。二十六歳でした。……その世界は、物資であふれていて、色々な趣味の許された国でした」
「その話、もっと詳しく」
クルスさんもリーシャさんも、気になるようだ。
ぼくは日本のオタク趣味のことを、詳しく話した。
地球に魔法はなく、物語の中でしか描かれてないこと。
幻想的な話や現代的な話、学術的な話や、性的な話。
色々な物語があった。
そして、日本の少なくない人物が、自分なりに、自分の好きな物語をひっそりと好んで楽しんでいた。
「……だから、ぼくはこの世界に生まれ直したとき、両親が使っている魔法に憧れて、必死で訓練したんです。考えて、探って、鍛錬して。……それこそ、生まれたての赤子の時から」
「それで、そんなに魔法が得意なんだ」
納得してくれたみたいだ。
半信半疑なんだろう、とは思うけど。
「でさ。その……女と女が好き合う物語って、実際にあったワケ?」
「そう! それだよ! ボクみたいに両方ある女なんて、物語に書かれてたのかい!?」
三人は肝心なことを聞きたいらしく、身を乗り出してきた。
それはある。
「はい……というか、そういう物語が好きな人が結構いましたよ。毎月、そういう話ばかりを連載してた本が何冊か売り出されてましたし。人気の順位も上から数えた方が早い日もありました。可愛い絵柄で、人気でしたよ」
「ヤバ……なにそれ。天国じゃん。あーしら、ニホンに生まれるべきだったんじゃね? オタクくんと交代とかで」
エイジャさんが口元を押さえて感動している。
実際、百合漫画や百合小説なんて、大型書店だと専用売り場ができるくらい人気があったからね。
女の子は女の子同士で、男の子は男同士で恋愛すべきだと思うの。
そんな迷言も生まれたほどだ。
「で、クルスさんの症状なんですけど。フタなりって言って、主に性的な物語でよく描かれてました。……実際、そういう人物も実在したそうです。人間の身体の情報を記す、『遺伝子』に誤作動があるとか何とか」
「イデンシ? ……わからないけど、病気ってことかい?」
病気と言えば病気かもだけど。正確には、疾患なんだよね。
「正確に言うと、生まれるときに身体が完全に男性になりきれなかったり、女性になりきれなかったり、で起こるそうです。双子……違うな。『多指症』とか知ってますか?」
「ごく希に、指が六本で生まれる人の話? 過去の英雄の噂は聞いたことあるけど」
そうそう。この世界にも多指症があるんだ。
前世の日本の歴史だと、豊臣秀吉が多指症だったんじゃないか、って俗説があるね。
「そうですそうです。……そんな感じで、ちょっと変わった性質で生まれる感じです。なんで起こるかって言うと、卵子が受精して細胞分裂するんですが……」
細胞分化の話とかをちょこっとしてみたけど、みんな呆然としていた。
まぁ、身体が作られるときに、ちょっとした間違いが起こっただけ、と説明した。
呪いの類いじゃなく、ただの自然現象である、と。
「そうですね。白肌赤目の、日の光にすごく弱い虚弱児童の話とか。と同じです」
「ああ、呪い子とか言われる……あれも、単に身体の色が抜けた、というか色が濃くなり切れなかった、って話なの?」
だいたいそうです。
遺伝子疾患ということで、結局は『体質』の話なんだよね。
「だから、そういう体質の人がいるだけで、クルスさんはちゃんとまともな人間ですよ」
「そんな……」
クルスさんは呆然とつぶやいた後、身体の力が抜けたようにベッドに座り込んだ。
そして、ボロボロと涙をあふれ出させる。
「ボクは、まともなの……? ボクは、生きてて良いの……?」
「はい。当たり前です。クルスさんは性格も良い人だし、立派な人じゃないですか。ぜひとも幸せになって長生きしてくださいよ」
ぼくがそう断言すると、クルスさんは両手で顔を覆って大泣きし始めた。
安心したのかも知れない。
「あーあー、泣ーかした。オタクくん、『女泣かせ』じゃーん」
「ちょ、ちょっと!? そんなつもりないですよ! からかわないで……って、エイジャさん? リーシャさん?」
気づけば、エイジャさんとリーシャさんも泣いていた。
嬉しそうに、頬に涙を伝わせながら微笑んで、ぼくを見つめている。
「良いトコじゃん、ニホン」
「オタクくん、ウチらのために生まれ直してきてくれたんじゃね?」
それは大げさだと思うけど。
ぼくの話に、三人は三人とも、救われたように安心して泣いていた。
でもなぁ。前世だと、彼女持ちの女性Vチューバーとかも割といたしな。
日本のオタクの半数くらいにとっちゃ、だいぶ普通のことなんだよな。
「まぁ、趣味の面では、良いところでしたよ」
「じゃあ、ウチらの理想を持ってきてくれたニホン出身の『オタクくん』に、乾杯と行くかぁ!」
リーシャさんが立ち上がり、ぼくの手を引く。
食堂に行くんだろう。
今日はみんな、飲みそうだ。
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