第4話 オタクは褒められる



 スパイクボアを狩り尽くした後、エイジャさんとリーシャさんが駆け寄ってきた。

 二人とも真剣な、驚愕の表情をしている。


「オタクくん、何した!?」


「あの回復と強化、ぜってーオタクくんの仕業だよね!?」


 二人に詰め寄られ、ぼくはたじたじになった。

 クルスさんが横から制してくれて、ようやく落ち着いて話せるようになる。


「さっきの強化は、オタクくんの魔法だよ。……目を疑ったよ、この距離から回復魔法と強化魔法を発動したんだ」


「あの。ぼく、長年魔法の研究してるんで……高位の攻撃魔法は使えないけど、こういうことは普通の人よりも得意です」


 そう言うと、エイジャさんとリーシャさんは目を輝かせた。


「なにそれ、ちょー凄いんだけど!」


「やるじゃん、オタクくん! 回復も後衛のガードも気にしなくて良いってこと!?」


 絶賛された。

 距離を取って回復できるので、前線でぼくを護衛する必要なく戦えるのが気に入ったらしい。

 一応、ぼくも攻撃魔法こそ持ってないけど、戦闘能力はあるんだけどな。


「え、ええ……回復の程度にも自信があるんで、死ななければ、ある程度思い切り戦ってもらって大丈夫です」


「ちょっとー! 頼もしーんだけど!? 魔法オタクになるとそんなこともできちゃうわけ!?」


 突然、リーシャさんに抱きつかれた。

 二人は体型がものすごいので、前衛独特の軽装に包まれた胸が柔らかく当たる。

 なぜだか、その様子を見てクルスさんが不満そうにしていた。


「あ、ご、ごめんなさい! 決して、クルスさんたちの仲を邪魔しようという気はないので!」


「いや、そうじゃなくて……良いよ、もう」


 クルスさんに謝るも、その視線はじとっとリーシャさんに向いていた。

 いやいや、同性カップル相手に寝取られなんてないですから。


 リーシャさんはあまりの機嫌の良さに、息を荒くしていた。

 というかこれは、ぼくの女装姿に興奮してるな。

 確かに細いし筋肉ないし、ぼくは華奢と言えばそうだけど。モヤシ言うな。


 本当に女の子が好きなんだな。


「あ、あの。リーシャさん、離してください。当たってます」


「なになにー? 照れてんの、オタクくーん? ウチのムネ、結構あるからさー?」


 ノリノリで女装のぼくにセクハラしてくるリーシャさんに、褐色肌のエイジャさんが注意してくれた。


「ちょっとぉ。やめなってば、リーシャ。オタクくん困ってんじゃん。……オタクくん、そう見えてもオトコだよ?」


「えぇー? 良いじゃん、別に。こんなに細っこくて美少女なんだからさ。余計なもんついてても、美少女は美少女だって!」


 もうぼくが女の子にしか見えてないらしい。

 これはアレだろうか。むしろついてる分お得、という趣味だろうか。

 ぼくは気持ち的には男で、ただ女装させられてるだけだけど。


「ふーん。……でもさ、オタクくん? チョーシこいてっと、首チョンすっからね? オタクくんは男! 後衛で後輩! あーしらの下! わかった!?」


「わ、わかりました……さっきも言ったように、皆さんのお邪魔はしませんから」


 女装姿を好かれても困るよ。

 そうぼくが一歩譲ると、エイジャさんは「ふーん?」とにんまり笑って、身震いした。


 なんだろう、この「男」に対するマウント感。

 何か男に対する恨みでもあるんだろうか?


「まぁまぁ。とりあえず二人とも、アイテムボックスに、スパイクボアの素材を集めようよ。……回復薬も使わないで全滅させたんだから、今日は良い宿に泊まれるよ!」


「やった! 行くよ、リーシャ!」


 クルスさんが仕切ると、エイジャさんとリーシャさんは嬉々としてスパイクボアの肉や素材を集めに行った。


「助かりました、クルスさん。ありがとうございます」


「い、いや……ボクらの方こそ、今日は良い稼ぎになったからさ。お礼を言うのはこっちだよ」


 ぼくが笑いかけると、クルスさんは照れたように顔を赤らめて答えた。

 あんまり、他の人たちと関わってこなかったんだろうな。


 両性具有に同性愛なんて、他人に知られただけでも宗教弾圧に遭う。

 それは、他人と軽々に親しくもなれないか。


 ぼくも、せっかく入れたパーティだしな。

 すぐにまたソロぼっちになるのは、先行きが不安で仕方ない。


「大丈夫ですよ、クルスさん! 皆さんの秘密は、誰にも言いませんから! クルスさんのことも、応援します!」


「え、そ、そう……? うん、まぁ、オタクくんの秘密も知っちゃったわけだしね……」


 ああ、そう言えばぼくが『転生者』だって話したんだっけ。

 向こうの秘密を知ったからとは言え、早まったかな?

 でも、お互いに秘密を握り合ってるんだから、またすぐに追放なんてされたりはしないだろう。


「なんだってんだよ!」


 聞き覚えがある声が、どこからか聞こえてきた。

 かなり遠くの方で、別のパーティがケンカをしている。

 どうやら、向こうもスパイクボアを狙っていたようだ。


 仲間割れか? スパイクボアの死体の前で何か言ってるな。

 と思ったら、レールスだった。ぼくの元いたパーティだ。


 彼女は他のパーティメンバーとうまくいってないのか、何やら揉めていた。


 ま、良いか。ぼくにはもう関係ないし。


「オタクくーん! 回収してきたよ! 換金行こーぜい!」


「今日は大漁だよ! うひひ、いくらになっかなー?」


 上機嫌で帰ってきたエイジャさんとリーシャさんの声に、我に返る。

 全滅させた群れは回収できたようなので、ギルドでお金に換えてもらおう。


「じゃあ、帰ろっか。他のパーティも増えてきたし、残りの群れは任せよう」


「そうですね、クルスさん。もう充分狩れましたしね」


 そんなこんなで、全員大満足で街に帰ることになった。



*******



「……なんだオタク、その格好」


 レイノルド爺さんにはあっさり女装がバレた。

 そりゃそうか。パーティに紹介した本人だもんな。


「皆さんが、この格好じゃないとパーティが組めないって」


「……まぁ、事情が事情だしな。そういうこともあるか」


 どうやら、レイノルド爺さんはみんなの秘密を知っているらしい。

 たぶん、クルスさんも『女性』で冒険者登録してるんだろうな。


「で、狩りの結果は? オタクがついてったんだ。収穫あったろ?」


「へっへーん、大・収・穫! 素材が机に載せきれないからさ、解体室に案内してよ、じーちゃん!」


 リーシャさんがめっちゃ上機嫌に報告した。

 その大声を聞いて、ギルドロビー中の視線がぼくらに集まる。


 マズいな、目立っちゃう。


「……ちっ、仕方ねぇな。ここで話すと、大金持ってると思われて危ねぇ。ついてこい」


 爺さんが解体部屋に案内してくれた。

 ぼくらの秘密を守ってくれるようだ。


 解体室の机に出した大量のスパイクボアの肉や素材を見て、レイノルド爺さんが見積もりを出してくれた。


 討伐料と、素材代の仮払いだけで金貨五枚。

 前世の日本円換算だと、約五十万円くらいだ。


 これは実額より少ない額で、後で捌いた肉や毛皮の状態を見て、追加の素材代を後払いしてくれるらしい。


「うそ、金貨五枚!? 持ち出しはなかったから、これ丸儲けじゃん! やるじゃん、オタクくん!」


「……お前らは信じねぇだろうが、そこのオタクは魔法の腕前だけは凄腕だ。本来なら、追放なんてされる奴じゃねぇんだよ。レールスのアホめ」


 爺さんからの、ぼくの評価は高いらしい。

 嬉しい話だ。


「だがまぁ、そのオタクを拾えるパーティなんて、お前ら『紅月』くらいのもんだ。他のパーティじゃ持て余すのも確かだがな」


 どっちだよ、爺さん。

 爺さんはぼくらに金貨を渡して、さっさとギルドを去るように言った。


 あぶく銭をカツアゲしようとするゴロツキも多いからだ。

 なので、ぼくらは早めに今日の宿を探すことにした。


「あの、あまり高くない宿にしましょう。二部屋取ると、結構な額になるので」


「うん? 何言ってんの? オタクくんも、あーしらと一緒に部屋に泊まんだよ」


 エイジャさんが、とんでもないことを言った。



「……はい!?」


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