【1分で読める小説】伝説の林檎の木の下で

kesuka_Yumeno

囁くはずが叫んだ恋

あなたは知っているだろうか──「伝説の林檎の木」の逸話を。

その木の下で愛を囁けば、どんな壁も越えて相思相愛になれるらしい。


身分差、年齢、性別、種族――すべてを許し、祝福するのだと。

馬鹿馬鹿しい。頭ではそう分かっている。だが、試さずにはいられなかった。私は彼女のことを――


最初は、見つめるだけで満足していた。

かわいい。笑った顔ももちろんだが、怒っても、ないても、何をしても愛らしい。私の癒やしだ。


そんな彼女の元気がなくて、つい我慢できず、彼女の頭を撫でようとした。

黒い毛が指先にそっと触れる。サラサラで細く、思わず掴みたくなる。堪えるのに必死だった。

青い瞳がスッと細くなる。驚いた顔も魅力的で、そのままかわす姿勢は気高い。ため息が出た。


ああ、君を私だけのものにしてしまいたい。それから──


いや、駄目だ。相手の気持ちを考えて行動しないと。

もし先走って嫌われたら、生きていけない。もう嫌われてしまったのだろうか。


私は彼女と違って長命種だ。一生ともにいることはできない。

彼女が先に死ぬ──それは絶対的なことわりで、例え神でも覆せない。

同じならよかったのになぁ。


こんなに好きなのに。

私が辛い仕事を続けられるのは、今日も生きていけるのは、彼女がそこにいてくれるからだ。そう断言してもいい。


少しでも好かれたくて一緒に食事する。食べ終われば用は済んだかのように去ろうとする彼女。

行き場のない気持ちを贈り物に込める。受け取られれば、また私は用済み。ひとり取り残される。途方もなく寂しい。


冷たい瞳。手を伸ばせば逃げられる。眺めることしか許されない。

嫌いになれたら楽なのに。それでもこの愛は生涯変わらない。悪いのは彼女ではなく、邪な感情を抱く私だ。寂しいのは私のせいだ。


彼女が欲しい──この願いが叶うとも叶わざるとも、もう終わりにしたい。

「一生に一度のお願いだから」そう言って、彼女を伝説の木の下に連れ出した。白い花びらが舞い、幻想的だ。聞いてほしい、私の溢れる気持ちを──


「ね、猫ちゃん! か、かわいいねぇ!! お願いだから、今日こそ……す、吸わせてよォォォ!?」


〈シャッ〉


流れた暖かさの先──するりと鋭い爪が、私の頬を引っかいた。

「囁けって言っただろ? 叫ぶんじゃねえよ。終わってるな」──林檎の木の声は、呆れた老紳士のようだった。

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