第2話:呪いのサヤ子
「……サヤ、子?」
「うん! サ・ヤ・コ♪」
彼女は無邪気な笑みを浮かべ、両手でピースサインを作る。
……いや、待て。
俺の記憶にある"サヤ子"って、こういう奴だったか?
ゴクリと唾を飲み込みながら、思考を巡らせる。
「……えーっと、誰だ?」
「はぁ?! 」
彼女が露骨に肩を落とした。
「だから~、ウチの動画見たっしょ? あれ、アタシ」
「ん? 動画って……あの呪われた動画のことか?」
「そうそう! あれを見たから、キミはウチに呪い殺されたの! あの幽霊、アタシ!」
「はぁぁぁぁぁぁああああ!?」
俺は思わず絶叫した。
「なに呪い殺してくれてんだッ!!」
異世界転生の喜びも一瞬で吹き飛ぶ。
目の前にいるのは、あの史上最恐の幽霊 "サヤ子"を名乗るギャル。
……っていうか、そもそもなんでここに居るんだよ。
「見るなと言われているウチの動画を見た方が悪い!!」
サヤ子は胸を張って堂々と宣言した。
「はぁ?! ちょ……いや、でもお前……幽霊っていうか、生きてるし!!」
俺はサヤ子を指さし、動揺しながら後ずさった。
脈もある。呼吸もしている。肌の質感も普通に人間そのものだ。
何より、幽霊っぽい不気味な雰囲気はゼロ!!
目の前にいるのは、ギャル。それも、派手なギャルだ。
健康的な褐色肌、腰まで届く金髪。
そして——
ありえないほどの爆乳。
サヤ子の胸は、今にも服から飛び出しそうな勢いで強調されており、谷間がバッチリ見えていた。しかも服装は露出度が高く、腹筋のラインが見えるほど短いトップスと、脚がむき出しのショートパンツ。
「み、見た目も全然幽霊じゃねぇ!! ジャパニーズホラーで定番の黒髪ロングに白装束じゃなくて、なんでそんな……」
言葉に詰まり視線を逸らした。目のやり場に困る。
サヤ子はそんな様子を見て、クスクスと笑う。
「……あれ? まさか照れてんの?」
「ち、違う!!」
「ふ~ん? まぁ、ウチが魅力的すぎるのはしゃーないかぁ♪」
サヤ子は胸を張り、自慢げに腕を組む……そのせいでさらに胸が強調される。
俺は慌てて話題を変えた。
「と、とにかく! なんでギャルになってんだよ!? どう考えても"サヤ子"と違うだろ!!」
「あー、それね!」
サヤ子は軽く手を打った。
「ほら、呪いの動画に出てるウチの姿あるじゃん?」
サヤ子はにっこり笑いながら指を立てる。
「あれ、幽霊としての姿!」
「へ?」
間抜けな声を出してしまった。
「つまり、幽霊になった時の"仕事用の姿"ってこと! "サヤ子"ってのも幽霊になった時につけられたあだ名よ」
そう言って、サヤ子はふわりと金髪をかき上げる。
「ウチの本名は——
「よぎり……さや?」
思わず復唱する。
「そう!」
サヤは胸を張る。
俺はゴホンと咳払いをして、無理やり話を続けた。
「……でも、お前……そんなギャルだったのかよ……」
サヤはニヤリと笑う。
「髪色とか服装見る感じ、今のアタシの見た目は生前の姿ね」
「えっ……?」
……幽霊どころか、異世界にいそうな"褐色エルフ美女"みたいな見た目だ。
サヤはウィンクしながら、堂々と胸を張った。
「幽霊になった時にね、幽霊の先輩に『幽霊っぽくしなさい』って言われて、仕方なく黒髪ロングのカツラつけてたの」
「!?!? 幽霊の世界にも、そういう上下関係とかあんの!?」
「びっくりだよね~。 でもさ! 異世界転生したら、生前の姿に戻ってたし! これマジで神展開じゃね!?!?」
サヤは拳を握りしめ、目をキラキラと輝かせながら飛び跳ねるように喜んでいる。その姿はまるで、夢の国に初めて来たテンションMAXの観光客。
だが俺はそんなテンションにはついていけなかった。むしろ、まだ頭が追いついていない。
「……てかなんでお前まで異世界に来てんの?!」
「さぁ? キミを呪い殺して、次のお宅に向かおうとしたら、なんか巻き込まれたというか」
「宅配みたいに言うな。てか巻き込まれた? 俺の異世界転生に?」
俺はあの呪いの動画を見たことによって、幽霊に呪い殺され異世界に転生した。
そこまではわかる。
でも、幽霊まで一緒に転生ってどういうことだよ!? いや、そもそも幽霊って転生できんのか!? 混乱する俺をよそに、サヤはまだ興奮が冷めない様子で両手を広げた。
「うん、多分ね! 知らんけど。 でも異世界ってマジであるんだ!? 夢ありすぎじゃんね!」
サヤはくるりと回って、その場でスキップをする。
風に揺れる金髪。陽光を受けて輝く褐色の肌。その動きに合わせて、たわわな胸が跳ねる。
俺は思わず目をそらしながら、心の中でツッコむ。
……お前、本当に幽霊だったんか??
そんな疑問など気にもせず、サヤはさらにハイテンションで語り続ける。
「てか、これさ~、もしかして最強スキルとかもらえてるやつじゃね!?」
サヤは腕を組み、堂々とうなずく。
「異世界転生=チートスキル!」
「お前……異世界転生とか知ってんの?」
まるで当然のように語るその様子に、ついツッコんでしまう。
「ギャルなめんなー。 てか今の時代、異世界モノ知らんとかヤバくね?」
「いや、お前幽霊だったろ? そんな娯楽に触れる機会あったのかよ?」
「それがさー、幽霊ってヒマじゃん? っていうか暇なの! だから色んな人が見てるスマホとか、テレビとか、盗み見してたんだよね~」
俺は一瞬ギョッとしたが、すぐに納得した。
(確かに、幽霊なら人間の生活を覗き見ることくらいできるかもしれない)
「……それで異世界転生モノにも詳しくなったと」
「そゆこと! ほら、異世界モノってさ、現世がクソでも転生したら最強になれて、ハーレム作れて、人生イージーモードになるじゃん?」
「言い方……まぁ、間違っちゃいないけど、なんか思ってたより詳しいな……」
「いやマジ、異世界転生ってめっちゃ夢あるし、ウチもちょっと憧れてたんだよね~」
サヤは遠くの城を眺めながら、嬉しそうに笑った。
「だからウチはチートスキルで無双して、この異世界で第二の人生を楽しく生きるッ!」
「お前……フィクションって知ってるか? そんな小説みたいにうまくいくわけないだろっての……」
俺は軽くため息をついた。
幽霊だったはずの女が、ここまで異世界転生に馴染んでいるのが、何より恐ろしい。
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