異世界ゴーストレイヴン ~不幸すぎる俺は幽霊に呪い殺され異世界転生!なぜかその幽霊まで憑いてきたので一緒に異世界で無双します!~

バルト

始まりの呪い

第1話:目覚め、そして異世界

 ——柔らかな感触。


 肌を撫でる、ひんやりとした心地よい風。


 まぶたの裏を、明るい光がじわじわと染め上げる。




「……ん……?」




 意識がぼんやりと浮上する。


 ゆっくりと瞼を開くと、そこには——




 どこまでも広がる青空があった。




 穏やかな風に乗って、草の香りが鼻をくすぐる。寝転がっていた地面は柔らかく、ふわりとした草の感触が背中に心地よい。


「……え?」


 混乱したまま上半身を起こし、周囲を見渡す。そこには、自分が知るはずのない光景が広がっていた。



 遠くにそびえ立つ、壮大な城。周囲には城下町が広がり、街のあちこちで塔のような建造物がそびえ立っている。見たこともないデザインの石畳の道が伸び、行き交う人々の姿が小さく見えた。


「……これ……」


 さらに視線を上げると——


 上空を悠然と飛ぶ、巨大な影。



「——ドラゴンだ」



 思わず息を呑む。


 空に舞うのは、黒く大きな翼を広げた龍。陽の光を浴びて、鱗が鈍く輝いている。


 それだけではない。


 視線を遠くへ向けると、地平線には信じられないほど多彩な景色が広がっていた。燃え盛る火山、砂が舞う砂漠、荒れ狂う海。

 こんな光景、見たことがない。少なくとも、日本には存在しないはずの風景——


 その事実が、頭の中でゆっくりと確信に変わっていく。


 これは——夢じゃない。


 俺は今、本当に"異世界"にいる。


「……嘘、だろ……」


 ごくり、と喉が鳴る。


 信じられないほど現実味がない。


 俺はずっと、不幸だった。生まれた時から、何をやってもうまくいかない。事故、トラブル、理不尽な災難。運命そのものが俺を嘲笑っているかのように、何をやっても最悪の方向に転がっていった。


 だからこそ、俺は憧れていた。


 ——どんな無能でも、異世界に行けば最強の力を授かり、全てが上手くいく。

 ——不遇な人生を送ってきた奴が、異世界でチート能力を得て逆転する。


 そんな"都合のいい"物語に。寝る前に読むWeb小説。現実では絶対にありえない展開に、羨望を抱いていた。


『もしも俺が異世界に転生したら……』


 何度も想像した。何度も夢見た。


 それが今、現実になっている。


 待ち望んでいた異世界転生。心臓がドクンと跳ねる。指先が震え、全身が熱くなる。身体が、歓喜に打ち震えていた。


 そして——


「うおおおおおおおおお!!!!!」


 堪えきれず、叫んだ。


 全身全霊で、歓喜の声を上げた。




 だが——




「いぇえええええええい!!!」


 それに呼応するかのように、すぐ隣からもう一つの声が響いた。


 盛大な歓声。


 驚いて反射的に振り向く。


 そこに立っていたのは——



 謎のギャルだった。



「……え?」


 脳がフリーズした。


「やっば!! これ異世界じゃん!? テンションぶち上がるんだけど!!!」


 目の前のギャルが、両腕を高く突き上げながら跳びはねた。金髪がふわりと揺れ、太陽の光を反射してキラキラと輝く。褐色の肌には、露出の多い服装が妙に映えていた。


「……だ、誰だお前」


 硬直しながら、一歩後ずさった。異世界転生した歓喜の余韻は、突如として吹き飛んだ。


 目の前のギャルは、まるで遊園地にでも来たかのようにテンションが高い。いや、それどころか、"異世界"そのものに歓喜している。まるで自分も転生してきたかのように……。


 だが——


 なんでこんな奴がここにいる?


 ギャルはキョトンとした顔をして……


「え、アタシ? サヤ子だけど」


 サヤ子。


 その名前に、一瞬記憶が揺らいだ。






「レインお前……マジで言ってんの?」


 突然の問いかけに、レジを打つ手がピタリと止まった。


 そう言った藤原は大のオカルト好きで、ネットの怖い話や都市伝説を漁るのが趣味の男。高校時代、唯一まともに会話を交わせた同級生だった。


「今、世界中で話題になってんだぞ?  "見たら死ぬ"って言われてる最恐の幽霊、サヤ子!」

「……はぁ。お前まだそういうの信じてんのかよ」


 俺は呆れたように眉をひそめた。


「マジなんだって! この一ヶ月で謎の心臓発作で死んだ奴らが何人もいるんだぞ? しかも共通点は一つ……全員、"呪いの動画"を見た後に死んでる」

「心臓発作? そんなん、ただの偶然だろ」

「いやいやいや、ニュースでもやってんだって! しかもただの事故じゃねぇんだよ。死んだ奴ら、全員苦悶の表情を浮かべてたらしい」


 藤原はスマホを取り出し、動画のサムネイルを見せてきた。


 ——《【閲覧注意】本物の呪い!? サヤ子の動画を見た男、死亡》


 サムネイルには、顔を歪ませて絶命した男の写真が貼られていた。


「……馬鹿馬鹿しい」

「いやいや、マジでヤバいんだって! 最近じゃ、海外のYouTuberが"検証"とか言って動画を見て、次々に亡くなってるらしいぜ」

「……どうせヤラセだろ」


 俺は適当に相槌を打った。


「お前さぁ、もっと危機感持てって! ただでさえ昔から厄病神だなんだ言われてクラスで浮いてたんだからさ~」

「うっせ。ほっとけ」

「しかもこのサヤ子って幽霊、三十年前にも一度話題になったんだけどさ……」

「あ~そういやなんかそういう映画あったな。井戸から出るとかいう」

「ちっげぇよ! 映画なんかじゃねぇし! 三十年前の時も動画を……あ、いや当時はビデオテープを見た奴らが次々に死んで、都市伝説になったんだ。で、最近また復活して、また死人が出てんの!」


 藤原は興奮気味に身を乗り出した。


「だからさ! もしお前んとこにこの呪いの動画のリンクが届いても、絶対開くなよ?」

「……なんで?」


 藤原が真剣な表情で念を押す。


「呪いは伝播する。誰かがリンクを踏んで動画を見て死ぬと、それがまた次の誰かに勝手に送られるんだと。だから、万が一動画が送られてきても、絶対に開くな。いいな?」

「……お前さぁ」


 俺は呆れて溜息をついた。


「安心しろ。俺に連絡してくる知り合いなんてお前以外に居ねーからな」

「っ……!」

「大体、"見たら死ぬ動画"ってなんだよ。そんなもん、誰が作ったかもわからねぇのに、本気で信じてんのか?」

「……でも実際に死人が出てるんだぞ?」

「死人と動画の関連性なんて、完全に証明できてねぇだろ。適当にこじつけてるだけじゃないのか?」

「お前は相変わらずだなぁ……まぁ、そう言うと思ったけどさ」


 藤原は溜息をつくと、スマホをしまった。


「俺は忠告したからな。動画が送られてきても、絶対に開くなよ?」

「はいはい、わかったよ」


 適当に流しながら、藤原の退店を見送った。

 

 やがてバイトを終えた俺は、コンビニのビニール袋を片手にアパートのドアを開けた。暗い室内。いつも通り、誰もいない。靴を脱ぎ、肩を回しながらため息をつく。


「はぁ……今日もダルかったな……」


 床に投げ出したリュックからスマホを取り出し、ニュースアプリを開く。


【“サヤ子”現象、世界中で報告多数】


 その見出しが目に飛び込んできた。


 記事を開くと、被害者の男性が動画を見た直後に急死し、PCの画面には呪いの動画が再生されたままだったという内容だった。


(……偶然だろ)


 そう思いながらも、なんとなくスクロールを続ける。


 ——《視聴者の証言:動画の最後に"こちらを見つめる女"が映る》

 ——《専門家の見解:「映像の乱れでは説明がつかない不気味な現象」》



 幽霊だの呪いだの、動画を見ると死ぬだの——馬鹿らしい。

 記事の中身を流し読みしながら、俺は鼻で笑った。


「さっさと飯にしよ」


 そう言いながら、スープカップの封を剥がし、湯を注ぐ。 レンジで温めた弁当を頬張り、シャワーを浴びる。テレビではバラエティ番組が流れ、ニュースが"サヤ子"の噂を特集していた。


「マスコミまで煽ってんのかよ。他に報じるもんあんだろ……政治とか」


 何気なく呟きながらPCの電源を入れた。机に座り、適当にネットを眺めながらキーボードを叩く。


 その時——


 画面の右下にメール通知が表示された。


【藤原:お前にだけ特別に見せてやる。開くなよ?】


 画面には、一本のリンク。


「……開くなって、絶対開けってことだろ」


 呆れながらも、無意識に指が動く。


 クリック。


 その瞬間、画面が暗転し、動画が自動再生された。



 映し出されたのは、夜のトンネル。

 画質は荒く、視点が揺れ、息遣いと足音が聞こえる。


『ゼェ……ゼェ…… 』


 視点の主は、何かから逃げるように走っていた。


『アイツが悪いんだ……オレを無視するから……!』


 ——視点が後ろを振り返る。


 トンネルの地面に、服を血で染めた女性の遺体が横たわっていた。

 赤く染まった髪が広がり、近くには転がったバッグとスマホ。


 犯人らしき男の呼吸が乱れている。


『……ハハッ、オレのことだけを見ていればよかったのに……拒絶なんてするから! どれだけオマエのことを愛していたか、これで分かったはずだ……!』


 レインは不快感を覚え、顔をしかめた。


「……ガチで殺人の映像か?」


 その瞬間、PCのスピーカーから妙なノイズが走る。

 犯人の視点がトンネルの出口を向き、速足で歩き始める。


 だが——


 画面が突如、暗転。


「……ん? 止まったか?」


 数秒の沈黙が続く。


 やがて映像が復帰——


 しかし、視点が変わっていた。

 さっきまで"犯人の視点"だったカメラが、今は"犯人の背中"を映している。まるで、誰かが後ろから撮影しているかのように。


 俺の喉が不快に鳴った。


「……これ今誰が撮ってんだ?」


 犯人が背後の気配に気づき、ぴたりと足を止める。不自然な静寂の中、肩が小さく震えた。


 ぎこちなく、首が左右に揺れながら、ゆっくりと振り返る。


 そして――その顔が、カメラの真正面に映し出された。


 見開かれた目。血の気が引き、蒼白どころか青黒く変色した肌。瞳は焦点を失い、震える唇からは、声にならない空気が漏れるだけ。

 まるで、全身が“死”そのものに触れたような凍結の表情だった。


 犯人の口が、わずかに開かれる。


『……あ……』


 その瞬間、映像がブツリと途切れた。


「……は?」


 クリック。


 反応なし。


 もう一度、クリック。


 画面は真っ暗なままだ。


「チッ……またフリーズかよ」


 ため息をつきながら、キーボードを叩く。


 だが、何も起こらない。


 その時——


 カチッ


 静寂の中で、何かが切り替わるような音がした。


 次の瞬間、モニターが唐突に光を放つ。


 映し出されたのは——



 天井から見下ろした画角の……



 俺の部屋だった。



 ——まるで、カメラでリアルタイム配信されているかのように。


「……なんだこれ」


 画面の中の自分が、モニターを凝視している。


 PCのカメラ機能が誤作動したのか?


 しかし——


 カメラの起動通知など一切表示されていない。そもそも天井にカメラなど設置していない。


 ——じゃあ、この映像は一体なんだ?


 喉がごくりと鳴る。


 その時、画面の中の"自分"の背後——


 暗闇が、不自然にゆらめいた。


「……ん?」


 部屋の隅、カーテンの裏、クローゼットの隙間。


 そのどこでもない、"何もないはずの暗闇"から——


 何かが、這い出ようとしている。


 俺は息を呑み、背後を振り返ろうとする……


 が、動けない。


 身体が金縛りにあったかのように硬直し、喉もこわばる。


 画面の中の"自分"もまた、同じように動けずにいた。


 ——そして、その"違和感"が決定的になる。


 映像の中の俺は、息を荒げている。


 だが、自分はそんな呼吸をしていない。


 ——画面の中の"何か"が、勝手に動いている。


「……おい、これ……おかしいだろ……?」


 絞り出した声が、異様なほど小さく響く。


 その時——


 暗闇の奥、"こちらを見ている"ような違和感。……そこに"目"がある。


 黒い長い髪のようなシルエット。その隙間から覗く、白濁した眼球。


 皮膚のただれた頬。


 画面がチラつき、そのたびに"それ"が、少しずつ近づいてくる。


『─────ゥ”ァ”』


 最後に一瞬、顔がはっきりと映る——そこから、スピーカー越しに囁く声が響いた。


『─────ミ"タ"ァ"』


 ザザザザザザッ


 スピーカーから、あり得ないノイズ音が鳴り響く。


 心臓が激しく脈打つ。


 ——逃げろ。


 そう思うのに、身体が動かない。


『─────コ"ロ"……ス"』


 耳元で、かすれた声が響いた。


 PCのスピーカーではない。


 ——すぐ後ろから聞こえた。


 視界の端。


 ざらり。


 首筋に絡みつく、冷たく湿った感触。


 次の瞬間——


「─────ノ"ロ"ッ"テ"ヤ"ル"」


 PC画面が、完全にブラックアウトした。


 そして——




 俺の意識もまた、そこで途切れた。


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