第3話:奇妙なコンビ

 青々とした草原が広がる丘を、俺は黙々と歩いていた。


 目の前にそびえる城壁の向こうには、立派な街が広がっている。きっと、あそこに行けば情報が手に入るはずだ。

 何より、今後どうやって生きていくかを決めるためにも、まずは街で状況を整理する必要がある。


 だが——


「ちょっと待ってよー!」


 後ろから楽しげな声が響く。


 軽やかに駆けるたび、長い金髪がふわりと揺れ、なめらかな褐色の肌が陽光を反射して輝いている。

 そして、それに合わせて豊満な胸が弾むたび、谷間が眩しく揺れる。布地の少ないトップスのせいで、動くたびにその存在感が強調され、思わず目をそらしてしまうほどだった。

 異世界の景色の中で、あまりにも刺激的な存在感を放っていた。


「なんで置いてくのよー!」


 サヤが頬を膨らませながら、グイッと俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 同時に、むにっとした感触が腕に押し付けられる。柔らかく、弾力があり、それでいてしっかりとした重みが伝わってくる。


「うおっ……!?」


 俺は驚いて身を引こうとしたが、サヤは全く離れる気配がない。

 むしろ、より密着するように腕を組み、楽しげに微笑んでいた。


「ねっ、一緒に行こ?」


 近すぎる距離、無邪気な笑顔、そして……あまりにも柔らかい感触。

 俺は心の中で叫びながら、必死に視線をそらした。


「お、おい……!」

「どうせ行くとこ同じっしょ?」

「……は?」


 俺は足を止めて、眉をひそめた。


「お前なんで当然のようについてくるんだよ」

「え? だって異世界転生したら、一緒に冒険するのが王道じゃん?」

「お前と行動を共にするつもりはない」


 俺はきっぱりと言い放った。


「はぁ? なんでよ?」

「なんでって……お前俺を殺したこと忘れてんのか!?」

「うん、覚えてるよ? それがどったの?」


 サヤは悪びれる様子もなく、あっさりと頷く。


「おまっ……普通、自分を殺した殺人鬼と仲良くなんかできねぇの」

「でも生き返ったじゃん? そのおかげで異世界に転生できるきっかけになったっしょ?」

「……っ!」


 俺は思わず口を開いたが、続く言葉が出てこない。


 広い心で考えれば、確かにそうだ。あのまま日本にいたら、どのみち最悪な人生を歩んでいたかもしれない。

 そして今、自分は"待ち望んだ異世界"にいる——。


 でも、それとこれとは話が別だろ……!?


 口をパクパクと動かしながらも反論できずにいると、サヤがニヤッと笑った。


「ほら、言い返せないってことは、ウチのおかげってことだよね~?」

「そ、そういう問題じゃねぇ!」


 俺は誤魔化すように咳払いし、そっぽを向いた。


「それにな……俺と一緒にいたらきっと不幸な目にあうぞ?」

「ん~そう言われてもあんまピンとこないし、別にいいかな~」

「お前、物事に対してもうちょっと真面目に考えたりしないんか」

「楽しければなんでもいっしょ! そんなことよりさ、異世界でどうするわけ? やっぱり冒険者とかになっちゃう感じ?」


 サヤはキラキラした目で俺を見つめる。


 ——このままじゃ埒が明かない。


 正直、俺としては一人で動きたかったが、この異世界において、まったくの一人で行動するのはリスクが高すぎる。

 サヤの異常な順応力と、妙に明るい性格を考えれば、利用価値がないとは言えない。


 ……何より、こっちが拒否しようが、絶対についてくるのが目に見えていた。


「……はぁ。好きにしろ」

「やったぁ! じゃあウチら今日から相棒ね!」

「勝手に決めんな!!」


 俺はため息をつきながら、再び街に向かって歩き出す。


「まぁ、よろしくね♪ レ~イ~ン♪」

「だからなれなれしくすんな!!」


 サヤが俺に歩幅を合わせながら、ふと顔を上げた。


「でさ、まずはどこに向かう? やっぱり……」

「街に行く。異世界転生モノのお約束だろ?」


 俺はため息交じりに言いながら、遠くに見える城下町を指さした。


「たしかに!」

「街に行ったら、まずは情報収集。それと職に就かないといけない。異世界転生モノなら、大抵みんな"冒険者ギルド"に行くんだよ」


 俺はポケットに手を突っ込みながら、どこか投げやりに言った。

 ここまでの流れが完全に"異世界転生あるある"すぎて、逆に冷静になってきた。


「ギルドってことは、ウチら冒険者になる感じ?」

「ああ。異世界で生きてくなら、金を稼がなきゃならねぇしな」

「ふむふむ~! で、ギルド行ったらまずどうすればいいの?」


 サヤは興味津々といった様子で俺を見上げる。


「まぁ、ギルドも戦えねぇ奴をいきなり登録させるわけにはいかねぇからな。基本的に"冒険者試験"ってのがある」

「試験? なんで?」

「そいつがどれだけ戦えるのかを判断するためだ。で、試験を通して『お前には●●の才能がある!』とか言われて、急に最強になるのがお約束ってわけ」

「うっわー、チートスキル発覚イベントじゃん!!!」


 サヤが目をキラキラさせながら両手を合わせる。


「まぁ、そう簡単にいくわけないだろうけどな。主人公じゃあるまいし」


 俺は肩をすくめた。

 だが、内心で少しだけ期待してしまっている自分もいた。


 すぐに自分の考えを振り払い、サヤの方を振り返る。


「てか、お前も受けるんだろ? どうせ『異世界最強スキル持ってるギャルです☆』とか言い出すんじゃねぇの?」

「ちょっ、バカにしてんの!? そもそもあたし、前の世界じゃ最も怖い幽霊だって有名なんですけどぉ?! 最強っていうか最恐!的な?」


 サヤは腕を組みながら、ドヤ顔で胸を張る。


「はぁ……俺はこんな奴に殺されたのか。我ながら情けない……」


 俺は自分の死因に対して落ち込んでいた。


「あたしが本気でひと睨みすれば誰だろうとイチコロ! もう転生する前から能力カンストしてるもんですよって」

「いや、本当にその能力だったらヤバいけどな……」


 俺は頭を抱えた。

 こいつ、本気で自分が最強だと思ってやがる。


「まぁまぁ、とりあえずギルド行こ! どーせすぐ無双して、ウチら最強コンビになるっしょ?」

「……いや、お前は最強かもしれねぇけど、なんで俺もチートスキル授かる前提なんだよ」


 俺はため息をつきながらサヤを見たが、彼女の顔には"なんとかなるっしょ!"と言わんばかりの自信が満ちていた。


「……お前のその底知れぬ自信が羨ましいよ、まったく……」


 俺はこめかみを押さえながら、ゆっくりと歩を進めた。



 二人は草原を歩きながら、周囲の景色を眺めていた。


 足元に広がるのは、柔らかい緑の絨毯。穏やかな風が吹き抜け、遠くの森がざわめいている。


 だが、そんな美しい風景とは裏腹に、ちらほらと異世界特有の生き物たちの姿が見えた。


「ねぇねぇ、見て見て! なんかモフモフしたのいるんだけど!」


 サヤが指を差す先には、小さなウサギのような生き物がピョンピョンと跳ねていた。


 だが、よく見るとそのウサギ——角が生えている。


「……あれ、ただのウサギじゃないよな?」

「ほんとだ! なんかツノ生えてんじゃん! え、もしかして魔法使えるとか!?」

「どういう認識なんだよ。その発想がよくわかんねぇわ……」


 俺はあきれつつも、辺りを見回した。


 他にも見慣れない生き物がいる。


 小型の恐竜のようなトカゲ、鮮やかな羽を広げる巨大な鳥、そして岩のような甲羅を持つカメ。


「異世界って感じだな……」


 改めて、ここが異世界であることを実感する。


 しかし——


(俺にも何かしらの能力があるはず……だよな?)


 俺はふと、異世界転生モノの小説を思い出した。


 主人公は転生すると、"何かしらのチート能力"を持っているのが定番だ。


「……よし、ちょっと試してみるか」


 俺は拳を握りしめた。


「お? なんかやんの?」


 サヤが興味津々の目で見てくる。


「奇跡的に魔法とか使えたりしねーかなって……」

「おおー! ついにウチらのチート能力開花の瞬間か!?」

「チートではないだろうけど、まずは試してみる」


 俺は気合を入れて、記憶をたぐった。


 小説では、大抵魔法の発動には"詠唱"が必要だ。


 炎を出すなら『ファイアボール!』とか、氷なら『アイスランス!』とか。


「よし、やってみるか……」


 俺が両手を突き出し、息を吸い込む。


「……ファイアボール!」


 力強く叫ぶが——何も起きない。


「……あれ?」


 俺は手のひらを見つめる。確かに、異世界転生モノの主人公はこうやって魔法を発動していたはずだ。


「えーっと、じゃあ……雷よ、落ちろ! ……えー、ライトニング!」


 ——沈黙。


「風よ、吹き荒れろ……?」


 ——静寂。


「土よ……」


 ——無反応。


 俺は顔を引きつらせながら、次々と呪文を唱えてみるが、一向に何も起きる気配はない。


「………………」


 少しずつ嫌な予感が胸をよぎる。


「……あれ? 俺、もしかして……何の能力もない……?」


 その瞬間——


「プッ……」


 背後からかすかな笑い声が聞こえた。


「……ん?」


 俺が振り向くと、サヤが口元を押さえて肩を震わせていた。


「……え? え??」


 次第に我慢できなくなったのか、サヤはついに吹き出す。


「あはははははは! なにそれ!? ダッサ!!」

「ちょっ、お前笑いすぎだろ!?」

「だ、だってさぁ! あんなに堂々と決めポーズとって、何も起きないとかギャグ!? ギャグでしょこれ!! はっず!」


 サヤは膝に手をつきながら、腹を抱えて笑っている。


 俺は眉間にしわを寄せ、頬を引きつらせながら反論した。


「うるせぇ! 俺だって期待してたわ!」


 俺は顔を赤らめながら、拳を握りしめた。


「クソッ……やっぱり現実は小説みたいにはいかないか」

「アッハハハハ! ま、まさかレイン、アニメとか信じちゃう系の純粋な男の子だったー? かっわいい~♪」

「そこまでいうならお前もやってみろよ!」


 俺がムキになって指を差すと、サヤは余裕たっぷりの笑みを浮かべる。


「……ん~、ウチは後でいっかな♪」

「は? 何でだよ。お前チートスキルで無双するんじゃなかったのかよ」

「うん、でもさぁ~……ここで使っちゃうと、レインの価値観ぶっ壊れちゃうかもだし」


 サヤは妖しく微笑む。


 その表情は、普段のノリの軽いギャルとは少し違う、どこか"確信"を持った自信に満ちていた。


 俺は一瞬、言葉を失った。


「どういうことやねん……まさか自分の能力把握してるとかか?」

「さぁ? どうだろね♪ でも、後で見せてあげるから楽しみにしときなよ!」


 サヤは意味深に微笑みながら、俺にウインクし先に歩き出す。


「なんか無駄に恥をかいただけだな……」


 俺は疑いの眼差しを向けながらも、これ以上突っ込んでも無駄だと判断し、ため息をついた。


「……ったく、仕方ねぇな」


 そう言いながら、俺はため息をつきながら、その後を追った。

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