第3話 毛虫

ボクの家の外には、小さな庭がある。


今日は庭で三つのプランターとメダカを見たら、すぐにブロック塀に近寄った。

昨日の夜、コオロギの涼しい声が聞こえていた。

日陰の雑草をはぐったら、見つけられるかもしれない。



座り込んだボクは、伸ばしかけた手を止めた。

ブロック塀に、毛虫がいる。

白っぽいトゲがぶわぶわといっぱい生えてる、アメリカシロヒトリ。


裏のお家に大きな柿の木があって、そこにいっぱいいたんだ。

この前、おじさんが枝を切って退治していた。

かわいそうだけど、美味しい柿を食べる為には退治しないと駄目なんだって。


キミ、頑張って逃げて来たの?


ボクはギュッと手を握った。

どんな虫も好きだけど、毛虫は触っちゃダメなんだ。




「ゆう、何してんの?」

「あ、たっくん……」


門を入った所に、たっくんが立っていた。

近所の六年生。

登校班の班長さんだ。

お兄ちゃんの一つ年下で、二人はいつも一緒に遊んでいたから、ボクも幼稚園の頃から知っている。


でも、たっくんは学校に行く時、ボクが白線からはみ出すとすごく怖い顔をするし、歩くのが遅いと「もっと早く!」って大きな声で急かすから、あんまり好きじゃないんだ。



「また虫見てんのか。うへっ、毒虫じゃん」


回覧板を持ってきたらしいたっくんは、近付いて顔をしかめた。

ボクは悲しくなったけど、毛虫この子のために頑張って言い返す。


「毒虫じゃないよ。この子は毒がないもん」

「毒がない毛虫なんているの」

「いるよ」

「へえ」


たっくんは一歩ブロック塀に近寄ったけど、すぐに離れた。


「う〜、やっぱりオレはやだな。ゆうは気持ち悪くないのか?」

「気持ち悪くないよ。でもすごく痒くなったから、もう触らない」

「え! 触ったことあんの?」

「うん」


幼稚園の時に触って、あちこち痒くなって掻きすぎて病院に行った。

だからもう、素手では触らない。


「それでも嫌いにならねぇの?」

「うん。だってこの子、成虫オトナになったら白くてふわっとした蛾になるんだ。きれいなんだよ」



「……お前、すげぇな」


びっくりして、ボクはたっくんを見上げた。

たっくんも驚いたみたいな顔で、ボクを見下ろして回覧板を渡す。


「やな思いしても、全部嫌いにならないんだな。オレ、先生に怒られたらその先生のやること全部嫌いになっちゃうけど」

「そ、そう?」

「うん、すげぇ」


ボクは回覧板を受け取りながら、ドキドキした。

好きじゃないと思ってたたっくんが、ボクを「すげぇ」って言った。


なんだか、空気がキラキラした気がした。




毛虫はモゾモゾとブロック塀を進んでいく。


「チクチク、毛虫。やっぱりキミも好き」


今度登校中にたっくんが大きな声を出したら、勇気を出して「もう少し優しい声にして欲しいな」って言ってみようかな。




《 つづく 》




※ 毒のない毛虫もアレルギー症状を引き起こすこともあるので、素手で触らないようにしましょう。

一応ね……。

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