第4話 トンボ

ボクの家の外には、小さな庭がある。


日曜日の今日は、朝ごはんの後に洗車するパパと一緒に外に出た。

学校がないから、好きなだけここにいられて嬉しい。

毎日、日曜日だったらいいのにな。




洗車ついでにパパが水やりをしたプランターで、赤とピンクの丸い花が咲いている。

水をもらって嬉しそう。


えっと、お花の名前は……ダルマ、だっけ?

ちょっと違うかも。



花を眺めるボクの横に、トンボがスーと飛んで来た。

メダカのプラスチックコンテナの上でホバリングする。


「おっ、アカトンボだな」


泡の付いたスポンジを持ったパパが、こっちを見て言った。


「うん、アキアカネだね」

「ん? “アカトンボ”って、トンボの名前じゃないのか?」

「違うよ。アカネ属のトンボをまとめて赤トンボって呼ぶんだ」

「へえ〜」


パパが感心したように目を大きくするので、ボクは嬉しくなった。


「赤トンボにもいっぱい種類がいるんだよ。ミヤマアカネは日本一綺麗って言われてるんだって。流れが緩い川に行かないと会えないけど」

「ゆうはよく知ってるな」

「うん! ボク、虫のこと調べるの、とっても楽しい!」

「そうか、楽しいことがあるのはいいことだ」



いいこと。


ボクが虫のことが好きなのは、いいことかな。

じゃあ、ずっとここにいてもいい?



「……ボク、明日学校行きたくないな」

「え? どうした? なんか嫌なことがあったか?」


ホースを持とうとしたパパが、動きを止める。

ボクはプランターの端に伸びた雑草を一本抜いた。


「そうじゃないけど、ずっとここにいたいもん」

「ゆうは学校嫌いか?」

「嫌いじゃないけど、好きでもない。だって、漢字覚えられないし、計算分からないし。……ボク、虫のことは覚えられるけど、他のことは上手く覚えられないんだもん」


目の前のプランターには、名前を忘れてしまった花が揺れる。


ごめんね、キミの名前忘れちゃったんだ。



「行きたくないなら、休んでもいいんじゃないか?」

「いいの?」

「無理して行くところじゃないからな、学校は」


パパがホースを持って引く。


「だけどな、ゆう。パパはこの庭だけを、ゆうの好きな場所って決めないで欲しいな」

「どうして?」

「だってなぁ、ここにだけいてもミヤマアカネには会えないんだろ? 同じように、ここにはない知らないことや楽しいことが、学校や他の場所にあるかもしれない」


パパがホースのノズルを握ると、シャワーになって水が噴き出す。

驚いたのか、水の上のホテイ草に止まっていた赤トンボが、飛び上がってスーとカーポートの上に消えた。



そっか。

ボクはここが大好きだけど、別の場所で好きなものを見つけられるかもしれないんだ。



「スースー、トンボ。また来てね」



ボク、いつかミヤマアカネにも会えるかな。


見上げた空にパパがシャワーを向けると、うっすらと虹が見えた。




《 つづく 》



※ お花の名前はダリアです。

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