起きた時にはもうすでに終わっていました カヤ視点②

 私は――なぜか誰かの食卓には並んでいなかった。

 それに気づいて、ほっとした瞬間、目の前に見えたのはカノン様の顔だった。


 彼女は私の顔を覗き込み、心配そうに眉を寄せている。

 ああ、なんて優しい表情。……きっとここは天国だ。

 だってカノン様がいる。これほど穏やかで美しい場所が、他にあるはずがない。


「大丈夫ですか? 気分は――」

 柔らかい声でそう言うと、カノン様は誰かを呼んだ。

「アテルイ様、気がつきました!」


 その声を聞いた瞬間、胸がどきりと高鳴った。

 まさか、あの地獄のような戦いのあとで……。


 ほどなくして、アテルイ様がやってきた。

 背中には、黒曜石のように光を放つ美しい薙刀が背負われている。

 その姿は、まるで天上の戦士のようだった。


 お二人とも、私のそばにしゃがみ込み、そっと顔を見合わせる。

 そして、なぜか――謝りはじめた。


「すまない、巻き込んでしまった」

「本当に申し訳ありません。あなたが無事でよかった」


 ……え?


 謝られても困る。私はてっきり、彼らが“私を守れなかった”ことを悔いているのだと思っていた。

 でも話を聞くうちに、それが全然違うとわかってくる。

 どうやら私は――気を失っていただけらしい。


 夢ごこちのまま、ぼんやりと空を見上げる。

 気づけば私は、カノン様の膝の上に頭を預けていた。


 ……いや、“膝”といってもクモの足の膝枕だ。

 変なものに頭を乗せているはずなのに、驚くほどふわふわしていて、温かい。

 まるで絹の枕みたいで、これがモノとはとても思えなかった。


「なるほど、私は気絶していたのですね……」

 そう呟くと、アテルイ様が苦笑する。

「悪かった。無理をさせた」

「いえ、あの……お二人がご無事なら、それだけで……」


 それにしても、すごい。

 アテルイ様とカノン様が生きているということは――勝ったのだ。

 あの神に。あの恐ろしいアラハバキ様に!


 これはきっと村で語り継がれる大英雄譚になる。

 村に帰ったら、みんなに話して聞かせなきゃ。

 そう思いながら、私はお二人から詳細を聞いていた。


 けれど……。


 話を聞けば聞くほど、まるで夢の中のようだ。

 なぜなら、アテルイ様もカノン様も――まるでアラハバキ様が生きているかのように話すのだ。


「え? でも、アラハバキ様は……その……」

「死んでおらぬ。むしろ元気だ」

「……えっ?」


 確かに気絶していたとはいえ、置いていかれたのは心外だ。

 なのに、私を怖がらせるようなことばかり言う。

 ぷーっと頬を膨らませて抗議していた、その時だった。


 ――どこかで聞いた低い声が響いた。


「おお気づいたか、そこの村娘よ」


 ぎくっ。

 まさか。


 振り返ると、そこには、あの烈火のごとく怒っていた神様――アラハバキ様が、

 腕を組み、どこか楽しそうにこちらを見下ろしていた。


 私は――また気絶するかと思った。

 でも、今度は耐えた。


 心臓が跳ねる。頭がくらくらする。

 けれど、あの神様の目はもう怒っていなかった。

 むしろ、どこか柔らかく笑っているように見える。


 そして、話が続くうちに――私は気づいてしまった。

 自分がまた、奇妙な運命に巻き込まれてしまったことに。


 なんと……まさかの私が、アラハバキ様と一緒に旅に出るなんて。


 いや、いや、いや、そんなの聞いてません!

 私の平穏な人生、どこへ行ってしまったの!?


 けれど、アテルイ様もカノン様も笑っている。

 それなら……もう、仕方がないのかもしれない。


 ――また波の音が聞こえた。

 潮風が頬を撫で、月の光が三人の影を並べていた。

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