第1章 「樽いっぱいの酒(後編)」
とある若い新人摘発官の2人は荒野に車を止めて駄弁っていた。
「…やっぱあの上司やばいよな」
「それな。聞いたか?この前なんて署内の女性の水筒を間違えて持って帰ってたって」
「やばw…絶対わざとじゃんw」
「なんであんな奴が昇進してるんだろうなぁ」
「たしかに…なぁ、あの光ってるやつなんだ?」
「ん?どれ?」
「ほら、あそこ」
「…こっちに向かってきてね?」
「あれ、車だ!」
2人は拡声器を片手に車を降りて呼びかけた。
「そこの車!止まりなさい!」
向かってきている車の輪郭が鮮明になってくる。
管理用ナンバーの付いていない白い車だ。
「聞こえてるのか!止まりなさい!」
白い車は徐々にスピードを落とし、止まった。
「ちょっと、窓開けて。」
新人摘発官の一人が窓を叩く。
車の運転手は何も言わずに窓を開けた。
「ちょっと、君たちこんな時間にこんなところで何してるの。」
運転手は何も言わずに黙って下を向いている。
「ねぇ、名前は何?…てか、そのアタッシュケースは…」
助手席に乗っていた男が銃を持って身を乗り出し、新人摘発官に発砲した。
新人摘発官は撃たれた衝撃と痛みで後ろに倒れた。
「お、お前何をしている!銃を捨てろ!捨てないならば撃つぞ!」
もう一人の摘発官がへっぴり腰でテーザーガンを男に向けながら言った。
助手席の男はぬるりと摘発官の方へ向きを変え、発砲した。
アンドリューとジョウェルは摘発官に勝利し、車を発進させた。
「なぁ、あんた。いくらなんでも殺さなくてもよかったんじゃないか?」
「あの場で殺さなかったら、こっちが殺されていたかも知れないんだぞ。」
「そうか…なんというか…躊躇いがないな。」
ジョウェルは舗装された道の方へハンドルをきった。
「そろそろサテライトに入る。ここからはカードに守られるから戦いはない。」
「それはよかった。」
2人は青と黄色のショッキングな光に照らされた街にだんだんと近づいていく。
街の中央から弾き出された閃光は少しの光がビルの間へ多くの光は曇天の空の上へと飛び出し、辺りをサイクリックに彩っている。
「なんだか綺麗な街だな。」
ジョウェルが少し息巻いて言った。
「そうか?そうか。」
アンドリューは街の眩い光に目を細めて言った。
「なぁ、お前はこの仕事で貰った金を何に使うんだ?」
ジョウェルはアンドリューの方へ目をやった。
アンドリューは少しの間考えるように下を向いてから答えた。
「酒だな。酒を買うんだよ。」
ジョウェルは少しがっかりしたように全身の力を緩めて、額にしわを寄せた。
「なにかもっと大きな物を買いたくならないのか?今回の仕事で貰える金を使えば酒なんて浴びるほど買えるんだぞ?」
アンドリューはまた少し考えるように下を向いてから答えた。
「なら猫が欲しいな。それもただの猫じゃない。台から台へ飛び移ったり、床の上で丸くなったりできるようなやつだ。暗いところで青く光ってくれたら便利かもな。」
ジョウェルは笑いながら言った。
「あんたが猫を欲しがるか。いや、悪くない。うん、悪くない…ほら、サテライトの入口が見えたぞ。入街審査があるから一応アタッシュケース隠しとけよ。」
アンドリューはジョウェルの反応に少しムッとしながらアタッシュケースを足元の見えない位置に置いた。
制服をきっちりと着こなした摘発官が笛を鳴らした。
「次。」
車の列が進み、待っていた車の運転手が窓を開ける。
「入街目的は?」
「起業だよ。」
「具体的にどういった?」
「サイバー系のだよ…休日ってのは嫌だねぇ、こんなに混むなんてよ。君もそう思うだろ?」
「…名前は?」
摘発官は黙々と聴取した内容をデータ保存する。
「べネル・アーグラー…もういいだろ?前回はこんなに長くなかったのに。」
「よし、次。」
車の運転手は窓を閉めて街へ走っていく。次の白い車が止まり運転手が窓を開ける。
「入街目的は?」
「…このカードを見てみろ。」
「ん?…なるほど…次。」
摘発官がピッと笛を鳴らし、白い車は街へ走っていく。
「おいおい見たか?一瞬だったぞ!」
ジョウェルがニタニタと笑いながらアンドリューへ話しかける。
「そのカードの効力は凄いな。」
アンドリューは感嘆しながらジョウェルが持つロイヤリティカードを見つめる。
「この調子だったら、取引先のところもすぐだろ!」
「ところで、これからどこへ向かうんだ?」
「…これから街の中心部にあるセルベームコープスへ向かう。」
「
アンドリューは身を震わせる。
「大丈夫だ。商談相手として行くんだ、悪いことはされないさ。それに、いざって時もこのカードが守ってくれる。」
「そうか。」
アンドリューは少し不満げに答える。
「と、その前に服を着替えてこいって言われてるんだった。」
ジョウェルは急カーブをし、ビルの前に車を止めた。
「ここで服を替えろと言われている。降りるぞ。」
ジョウェルとアンドリューが車を降りると、一人の老紳士が駆け寄ってきた。
「ベンスキー様とアーサー様でお間違えないですか?お待ちしておりました。私、タンドラー様より手配された使いにございます。」
老紳士は深々と頭を下げた。
「おうおう、じいちゃん頭あげてくれよ。ところでよ、そのタンドラーってやつにここで服を着替えてこいって言われてるんだが、どんな服に着替えればいいか分かるか?」
老紳士はにこやかに答えた。
「それでしたら、こちらで予め選んでおいたセットが御座いますが、それを着ていただかれますか?」
老紳士はサッと手入れされた服を2人分取り出した。
「あー。それでいい…ところで、どこで着替えれば良いんだ?」
「でしたら、こちらのビルの中に専用スペースが御座いますので、そこでなされますか?」
「準備がいいな、じいちゃん!」
2人は老紳士に案内されながらビルの中へと入っていった。
「おぉ!こりゃいいな!」
着替え終わり鏡を見たジョウェルが歓声を上げた。
「見ろよ!ほら!きっちりして…なんだお前似合ってねぇなぁ!」
ジョウェルはアンドリューの方を見て吹き出した。
「お願いだから落ち着いてくれ。」
アンドリューはジョウェルの様子を見て冷や汗をかいた。
「じいちゃん!ありがとな!それじゃ俺等出るぞ!」
「でしたら、こちらで手配したタクシーサービスをご利用いただかれてはどうですか?」
「おぉ!そうするよ!気が利くな!」
老紳士は2人をビルの外へ止めてある無人の黒塗りの車へと案内した。
「それでは、ご武運を。」
老紳士は扉を閉めて2人を見送った。2人が乗ったことをセンサーで確認すると車は自ら走り出した。
「随分と優雅な密輸だな。」
アンドリューは皮肉を込めて笑った。
「外をみてみろよ。」
ジョウェルは窓の外を見つめていった。
ビル達は車からでは全体が見られないほどに高く、その窓の一つ一つから様々な色の明かりが漏れ出ている。
2人が窓の外を見ていると、車が止まり、扉が開いた。
「お、着いたようだな。」
ジョウェルが車から降り、建物のロビーの方へと向かう。
アタッシュケースを持ったアンドリューも遅れて車から降り、ジョウェルに続く。
ロビーでは、3人の職員が様々な仕事をこなしている。
「やぁ、ラビス・タンドラーという男を呼んでほしいのだが…」
ジョウェルと職員との間にわずかな沈黙が訪れる。
「すみません、ラビス・タンドラーは現在外へ出ていますので対応しかねます。」
ジョウェルはカードを取り出し、ロビーへスッと置く。
「こういう者だ。ラビス・タンドラーを呼んでくれ。」
職員は少しの間も置かず答えた。
「失礼しました。今すぐ読んでまいりますので少々お待ちください。」
職員はロビー奥の大きな机のある来賓室へと2人を通し、スタスタとロビーへ戻る。
「うああ、怖えぇ。」
ジョウェルが身震いをする。
すると、紅茶色のスーツを着た細目の男が来賓室へと入ってきた。
「やぁ、しっかりと持ってきてくれたね?」
どうやらこの男がラビス・タンドラーのようだ。
「…と、彼は?」
ラビスがアンドリューを見て首を傾げる。
「ベンスキーの護衛として付いてきたアンドリュー・アーサーだ。」
アンドリューは淡々と話した。
ラビスはゆっくり2回頷き、口を開いた。
「で、頼んだものは?」
アンドリューがスッとアタッシュケースを机の上に乗せ、開ける。
「これだ。」
アンドリューはアタッシュケースの中身を初めてみて、内心驚愕する。
パッと見だけでも100袋を超える乾燥した草が入った袋がアタッシュケースの中に敷き詰められている。
「うん、数も申し分ない…これが報酬だ。帰っていいぞ。」
ラビスはアンドリューに中くらいのアタッシュケースを持たせて2人を面会室から追い出した。
何やら不穏な空気を感じた2人は建物から足早に出た。
2人が建物の外に出ると、先ほどの老紳士が待っていた。
「タンドラー様の要望により、お二人の車をここまで運んばせていただきました。」
老紳士は深々と頭を下げた。
「おう。ありがとうな!じいちゃん!」
ジョウェルは車に乗った。
アンドリューもアタッシュケースと共に車へ乗り込んだ。
ジョウェルはアンドリューが車へ乗ったのを見て、車を発進させた。
その朝、ネオンを焚いた怪しげな店に二人の客が訪れた。
「マスター、酒を2杯。うんと強いやつを。」
懐に旧式の火薬銃を携えた男が陽気な声で言った。
「金ならあるぞ!ほら!」
妙にガタイのいいサイボーグの男が大金をカウンターにわざとらしく音を立てておいた。
「あんたら、そんなにフラフラで大丈夫なのか?」
バーテンダーは奥の棚へ手を伸ばし、取り出した酒を慣れた手つきで大きなジョッキに注いだ。
「おぉ!いいねぇ!それだよ、そういうのが飲みたかった!」
男2人は店の椅子にどかっと座った。
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