第43話 どうする!?



「……っ、どうする……!?」


息が荒い。

肺の奥が焼け付くように痛み、汗がこめかみを伝って顎先から滴り落ちる。

彼女の周囲に浮かぶ水晶盤は澄んだ鐘のような音を鳴らし続けていた。


(距離だ……問題は距離……!)


頭の中で必死に思考を巡らせる。

俺の拳は届かない。届いたと思っても、それは既に読み取られていて、すでに別の場所に立っている。

まるで水中で鮫に挑むような感覚だった。

こちらが一歩踏み出すたびに水の抵抗で遅れ、相手は滑らかに泳ぎながら牙を突き立ててくる。

水の中にいる限り、勝ち目はない。


だが俺は陸を選べない。

この間合いを詰めなければ、俺の拳も蹴りも、何一つ相手に届かない。

未来を読む彼女に真正面から挑むなど愚策だと分かっている。

それでも、殴り合いを主戦場とする俺が選べるのは、結局“殴るために近づく”ことだけなのだ。


(候補生の戦闘力を測る指標は色々ある。出力、循環効率、反応速度、持久力……だが、等しく共通してるのは“間合い”だ。

互いの能力を最も発揮できる距離を維持できる奴が、最終的に勝つ。

……なら俺がやるべきことは――俺の間合いを作ること!)


拳を握り直し、深く息を吸い込んだ。

俺の主戦場は打撃。至近距離。

逆位相共鳴を発動させるには、相手の攻撃を“食らう”ことが条件だ。

ならば――無理矢理でも食らいに行くしかない。


「っしゃああああ!」


気合と共に、前へ。

石畳を蹴った瞬間、視界が揺れた。

同時に水晶盤が音を鳴らし、未来の線を描き出す。

青白い光の糸が俺の拳の軌道をなぞり、その先に“確率”を提示する。


(クソ……! やっぱ全部見えてやがる!)


俺の拳は空を切り、アイリスは軽やかに舞うように後退する。

靴音がまるでリズムを刻むように鳴り、その身体は常に俺の一歩先を踏んでいた。


「おらぁぁ!」


俺は吠える。

白銀の光が鋭く弾け、俺の視界に閃光が走った。

水晶盤の反射か――いや違う。投射された光線だ。

水晶盤から迸る閃光――圧縮されたマナが矢のように放たれた。

それは光弾であり、同時に斬撃の軌跡でもあった。


「ぐっ……!」


咄嗟に左腕を翳す。

次の瞬間、視界を白が支配した。

熱。衝撃。空気が焼け、袖口が焦げる。


(やべぇ……! でも――!)


胸骨下で竜爪環が脈動する。

焼き付けられた光弾の“情報”を逆位相に変換し、即座に相殺。


バチィンッ!


眩い光が一瞬でかき消え、ただの風圧だけが残る。

俺の腕には傷一つ残らなかった。


「……!?」


観衆からざわめきが広がった。

庶民の転校生が、主席候補生の光弾を“無効化”したのだ。

一撃で沈むはずの攻撃が、跡形もなく消え失せた光景に、誰もが息を呑んだ。


「……っしゃああ! これが俺の力だ!」


拳を振り上げ、叫ぶ。

だが、胸の奥では冷や汗が止まらなかった。


(無効化できる……だが、今はそれだけだ。

この状況下じゃ、ただ相手の“受けた技を消す”ことしかできねぇ。)


「……やはり、興味深いですわね」


アイリスが静かに呟いた。

白い指先で水晶盤を撫でると、新たな光の軌跡が描かれる。

青白い線が交錯し、次の攻撃が準備されていく。


「ならば、もっと速く――もっと多く――」


盤面が震え、三条の光が迸る。

矢のように、斬撃のように、奔流のように。

俺を射抜かんと迫り来る。


「来いよ……!」


歯を食いしばり、胸骨の奥を震わせる。

竜爪環が応じるように黒い紋様を広げ、逆位相の波を纏う。


一条――打ち消す。

二条――打ち消す。

三条――バチィンッ、と火花を散らして消え去った。


だが、両腕が痺れ、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。

消すことはできる。だがこれじゃ防戦一方だ。アイリスの懐に入るには、何か別の手を考えないと——

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