第38話 屈辱の意味を教えてくださいお嬢様
「今日は……ずいぶんと、自分のことを語ってくれるのですね」
「へっ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
ちょっと待ってくれ。いまなんて言った?
“今日はずいぶんと自分のことを語ってくれる”……?
(おいおいおいおい……)
俺の脳裏に、あの忌まわしい記憶のブランクがよぎる。
そう、俺が意識を失っていた――あの「四日間」だ。
そういや俺が寝てる間、体を勝手に乗っ取ってたやつがいたよな?
そう、肩の上でクククと笑ってる、このミニ竜だ。
(てめぇ……テンペスト……)
(んぁ? なんだよ急に物騒な声出して)
心の中で怒鳴り散らす。俺の名誉の問題だ。いや、名誉どころか青春のすべてがかかってる!
(お前、アイリス嬢に何を話した!? どんなことやらかした!? 頼むから教えてくれ!!)
肩にちょこんと乗ってるミニぬいぐるみ竜は、尻尾をゆらりと揺らして、にやぁっと口角を上げた。
(……さあな。別に大したことは話してねぇよ)
(誤魔化すな!! だって、アイリス嬢が「今日はずいぶんと」って言ってんだぞ!? つまりお前が“色々余計なことをしゃべってた”ってことだろうがぁ!!)
(ほぉ……気になるか?)
(気になるに決まってんだろ!! 俺の人格と信用に直結してんだよ!!)
(なら――オレを屠ってみろよ)
(……は?)
(力でねじ伏せて、真実を聞き出してみろ。竜を相手にできるならな)
(てめぇ今どの口がそんなこと言ってんだぁぁぁぁ!!)
俺は思わず頭を抱えた。マジで床に突っ伏したい。いや、ここ屋上だから床じゃなくて透明ガラスなんだけど! 下に夜景が広がってんだけど! そんなとこで人目もはばからずジタバタしたい気分だった。
「……どうかしました?」
アイリスが不思議そうに俺を見る。
やっべ、顔に出てた!? いかん、動揺を悟られたら終わりだ!!
「あ、いや! あの……なんていうか、その……星って、いいですよね!」
全力で話題を逸らす。
おお、なんて苦しいごまかし。自分で言ってて泣けてくる。
傍から見たらたぶん完全に挙動不審な男である。
…でも、気になって仕方がない。テンペストに何を吹き込まれてるのか俺は全然知らない。ただ、もし変な発言をしてたら……全部俺の責任ってことになる。
いやいやいや待て。アイリス嬢の様子を見る限り怒ってるわけじゃない。
むしろ「今日はずいぶんと」って、なんかちょっと嬉しそうに言ってた。
ってことは……テンペストは、まさか、まともな会話をしていた……?
(……んなわけねぇぇぇぇ!!)
だってテンペストだぞ!? あの黒パンティー事件を引き起こした張本人だぞ!? このクソ竜が真面目な会話をしていたなんて、どう考えても信じられねぇ!
アイリスは小さく首を傾げ、「……ええ」とだけ返した。
その声色には「こいつ何言ってんだ?」感がたっぷり含まれていたけど、ツッコまれなかっただけ助かった。
(テンペストぉぉぉぉ!! 今いい感じなのわかるよな!?状況を整理したいからマジで教えろ!)
(どうだったっけなぁ。まぁ、この小娘の堕ちた時の顔……今も覚えてるぜ。面白ぇ顔してたなぁ。あれはたまらん)
(やめろぉぉぉぉ!! 想像させんじゃねぇぇ!!!)
俺は内心で土下座しながら祈った。どうか変なことは言ってませんように、と。
アイリスはしばし星空を眺めた後、ぽつりと呟いた。
「……あの時とは少し違って見えますわ」
「……あ、あの時?」
「ええ。決闘の時……それと、一昨日のことというか…」
やっぱりぃぃぃぃ!!
完全にテンペストがなんかやらかしてるじゃねぇか!!
俺の背中を冷たい汗がつーっと流れ落ちる。
決闘の時はわかる。いや、わかっちゃいる。
俺はぶっ倒れてたから記憶がまるで残ってねぇけど、テンペストが暴れ回ったって話はだいたい想像つく。
だが――「一昨日のこと」ってなんだ!?
俺の意識が完全に飛んでた間に、もしかしたら「童貞」すら間接的に卒業していた可能性があるんだよ…
「何か」があったのは間違いないんだが、その何かがいまだにわからない。
やっべぇ……これ、聞くのが怖すぎる。
けど聞かないわけにもいかない。
「えーと、その……一昨日っていうと、あの、俺……ちょっと覚えてなくて」
俺はできる限り爽やかな笑みを作りつつ尋ねてみた。
が、アイリスはほんの一瞬だけ表情を固くして、目を逸らした。
……おいおいおい。
その「わずかな間」がめちゃくちゃ怖いんですけど!?
「……忘れてしまったのですか?」
「い、いや、まあ……その……」
言葉に詰まる俺。
正直に「テンペストに体を乗っ取られてたんで覚えてません」なんて言えるわけがねぇ!
令嬢相手にそんな中二病丸出しの言い訳が通じるわけがない!
かと言って適当に言うわけにもいかないし…
(おいテンペストぉぉぉ! 頼むから今すぐ説明しやがれ!!)
(ククク……気になるか? 気になるよなぁ?)
(当たり前だろ! こっちは命がけなんだよ!!)
(ま、ちょっと遊んでやっただけだ)
(その“遊び”が一番危険なんだよバカ竜!)
俺の心臓はもう爆発寸前だった。
だが、隣のアイリスは至って冷静……いや、冷静というより――むしろ何かを思い出すたびに、微妙に顔を赤らめている。
(……やっべ。やっぱ何かあったんだなコレ)
アイリスは夜空に視線を戻し、低く囁くように言った。
「……あの時、わたくしは……」
声がかすれる。
令嬢としての威厳を保とうとしているのがわかる。だが、その奥底に「消えない棘」が刺さっているような――そんな雰囲気があった。
「屈辱的でしたわ」
……っ!!
き、来た……!
今この令嬢ははっきりと言った。
屈辱的。
つまりあの夜、テンペストが“何かしらの方法”で彼女を屈服させたってことじゃねぇか!
…やっぱ、まさか本当に…ッ
……え、えっと……。
落ち着け俺。深呼吸だ。ふーっ、はーっ……。
「屈辱的でしたわ」って言葉が頭の中をぐるぐる回ってる。
やっばい。やっっっばい。
(お、おいテンペスト……これって、やっぱお前……そういうことを……)
(そういうことってなんだよ? 言ってみろよ。なぁ? お前の頭に今浮かんでる最悪の想像……だいたい当たってんじゃねぇか?)
(やめろぉぉぉ!! 俺の心を弄ぶなぁぁ!!)
肩の上でケラケラ笑ってやがる。ほんとこいつ悪魔だろ。いや竜なんだけど。
俺は全身の毛穴から冷や汗が噴き出すのを感じながら、なんとか平静を装う。
ここで「マジでやっちゃったんですか!?」とか聞けるわけがねぇ!
令嬢相手にそんな爆弾ワードをぶち込んだら、その場で首ちょんぱだ!
「え、えーと……屈辱的っていうのは……どういう意味で……?」
勇気を振り絞って聞いてみた。
もうこれ以上ビビってたら自分が潰れる。だったら、せめて確認だけはしておかないと。
アイリスは視線を夜空から俺に戻し、ふっと小さく笑った。
「……本当に忘れてしまっているのですね。貴方にとっては取るに足らぬ出来事だったのでしょう」
「い、いやいやいや! そんなわけないっすよ!? むしろ俺にとっては人生最大級の出来事というか!!」
やっべ、声裏返った。完全に必死な庶民丸出しだ。
でも、アイリスは意外にも怒らず、むしろわずかに頬を染めて――。
「……あの夜、わたくしは膝をつかされましたの」
「ひ、膝を……つかされた……?」
「ええ。決闘に敗北した時もそうですが、一昨日の……その時も。貴方に真正面から見下ろされ、何も言い返せなかった自分が……あまりにも情けなくて」
……えっ。
(……ん? あれ? 思ってたのとちょっと違う……?)
俺の頭の中にあったのは、もっとこう……修羅場的な、18禁的な……いや、想像したくないやつだったんだけど。
「屈辱的でしたわ。でも同時に……わたくし、自分がまだまだだと気づかされました」
アイリスは夜風に髪を揺らしながら、まっすぐ俺を見据えてくる。
その瞳には屈辱の色じゃなく、むしろ闘志が燃えていた。
「ですから――これは誓いでもあります。次に同じ状況になったとき、わたくしは決して負けません」
(………………)
あ、あれ?
(おいスコール、残念だったな。お前の下心は全部空振りだ)
(ちげぇぇぇぇぇぇ!!! 下心とかじゃねぇ!! 命がけで不安になってたんだよ俺は!!)
でも……正直ホッとした。
よかった、本当にやばいやつじゃなかったんだ……。
そう――そう思ったんだが。
「……もし良ければ、もう一度わたくしと戦っていただけませんか?」
「………………え?」
一瞬、時が止まった。
星空の下で、さらりとそんな言葉を口にするなよお嬢様!?
「ちょ、ちょっと待ってください!? 今、なんて……?」
「戦ってほしいと申し上げましたの。あの時のわたくしは、まだ本調子ではありませんでしたし……。そして今もなお、あの“屈辱”を胸に残しています。ですから――再戦を」
さらりと、当たり前のように言ってのけるアイリス。
その姿勢も声音も、どこまでも真剣で――この人、本気だ。
(おいおいおい……マジかよ!? 今デート中なんですけど!?)
心の中で悲鳴を上げる俺。
だが次の瞬間、肩の上のぬいぐるみ竜がにやぁっと口を開いた。
(ククク……来たな。いいじゃねぇか、お嬢様の挑戦。受けて立てよ相棒。今度は正面から、存分に“ねじ伏せてやれ”)
(ふざけんなぁぁぁ!! お前が勝手に暴走したからこうなってんだろうが!!)
(いいや。これは宿命だ。竜核を宿した者と、それに抗おうとする者。再戦は必然――そうだろ?)
(誰が詩的にまとめろって言った!? 俺は今青春イベント中なんだよ! 告白とか、そういう流れになるはずだったんだよぉぉぉ!!)
テンペストは腹を抱えて笑い転げ、アイリスは星明かりの下で真剣な瞳を俺に向ける。
「スコール・キャットニップ。あなたは強い。だからこそ――今度は正々堂々、真正面から戦いたいのです」
「…………」
夜空が広い。
星がやけに眩しい。
なのに俺の視界は、この令嬢の瞳しか映していなかった。
どうする……?
ここで逃げれば、たぶん彼女との距離は永遠に縮まらない。
けど、受けて立ったら……命の保証がない。
俺の心臓は、またもや爆発寸前だった。
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