第39話 夜空の下で再び!?
……えっと。
なんでこんなことになってるんだっけ?
ついさっきまで俺は――そうだ、確か展望デッキでアイリス嬢といい雰囲気になってたんだよ。
夜空が綺麗だねー、とか、お前意外と笑うと可愛いじゃん、とか(※実際は口にしてないけど心の声な)。
ちょっとした青春ラブコメ的な空気が流れていたはずなんだ。
――なのに。
「ふっ……ふぅっ……」
すぐ目の前で、ストレッチしながら準備運動している貴族令嬢。
背筋を伸ばし、腕を回し、軽くジャンプして足の感覚を確かめている。
その姿は……どう見てもこれから決闘に臨む戦士。
(ちょっと待って!? さっきまでの甘々展望デッキデートはどこに行った!?)
俺は額を押さえて、必死に現状を整理する。
ここはモール屋上の展望デッキ《ステラテラス》から少し外れた、広めの練習スペース。
都市の夜景を見渡せる開けた場所で、モール利用者がヨガや軽い運動をするために作られた半円形の広場だ。
本来は健康志向の学生とか、ペット連れの親子が遊ぶような平和な場所なのに――今は完全に「決闘会場」と化している。
……なにこれ。
「では、準備はよろしいですか?」
にっこりと、まるで紅茶を勧めるような笑顔で言ってくるアイリス嬢。
いやいやいや、そんな笑顔で聞くな!
怖いから!
背筋が凍るから!
「ま、待って待って! ねぇ、俺たち今デートしてましたよね!? 展望デッキで星見てたじゃん!? 甘酸っぱい青春の時間だったよね!? なんで流れでバトルになってんの!?」
「言ったではありませんか。もう一度、わたくしと戦ってくださいと」
「聞いたけどさぁぁぁぁ!!」
叫ぶ俺。
一方のアイリス嬢はもう完全に戦闘モードだ。
貴族特有の優雅な立ち姿のまま、体の軸はまるで槍のようにまっすぐ。
その瞳には「逃がさないわよ」的な星霊演算(あの未来予知チート能力)の光が宿っている。
(ヤバいヤバいヤバい!!)
心臓がバックバク鳴っている。
デートどころか処刑場に連れてこられた気分だ。
肩の上でテンペストがニヤニヤしているのが余計に腹立つ。
(ククク……どうした相棒? ビビってるのか?)
(ビビるに決まってんだろ!! 俺は今デートしてたんだぞ!? なんで急に死線を越えるイベントに切り替わってんだよ!?)
(いいじゃねぇか。女と死合うほど燃えるものはねぇ)
(そんな価値観で生きてるのはお前だけだぁぁ!!)
テンペストはわざとらしく欠伸をして、赤い瞳を細めた。
(なら、手助けしてやろうか? このままじゃお前、一瞬で捻り潰されるぜ?)
(……絶っっっ対に出てくんなよ!!!)
俺は全力で釘を刺した。
あの黒パンティー事件からして、こいつが出てきたらロクなことにならないのは明白だ。
だから今回は俺一人でなんとかする。いや、するしかない。
(クソ……でも、本当にどうすりゃいいんだ!?)
額から汗がつーっと流れる。
視界の端で、アイリス嬢はゆっくりと構えをとった。
足を開き、膝を軽く曲げ、両手を胸の前に。
呼吸は一定。
星明かりに照らされるその姿は、華やかなドレスを纏っているのに、まるで戦場に立つ騎士のようだった。
(……いや、ほんとなんでドレスで準備運動してんのこの人!? 庶民感覚だと絶対破けるぞそれ!!)
突っ込みどころは山ほどある。
だがそれ以上に――この人、ほんとにやる気だ。
「スコール。わたくしは全力で参りますわ」
にこやかに、けど瞳は鋭く。
それが逆に怖ぇぇぇ!!
俺は喉をひゅっと鳴らし、震える足で一歩を踏み出した。
「……やばいやばいやばい……」
声にならない独り言が漏れる。
夜風が強まり、都市のネオンが瞬く。
まるでこの瞬間を祝福しているみたいに――いやいやいや、祝福じゃねぇ!
俺の心臓が爆発する方が先だ!!
(……相棒。お前、いい顔してるぜ)
(黙れぇぇぇ!! これはデートの続きなんだって言ってんだろぉぉ!!)
俺は必死に叫びながら、アイリス嬢と向かい合った。
――こうして、俺の「死にたくない青春デート決闘戦」が幕を開けるのだった。
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