第17話 お嬢様の取り巻き三人衆
◇
はぁ……なんでこうなったんだ俺。
学園の校門前に立つ俺は、見事に待ち合わせ時間の三十分も前に来てしまっていた。
いや、だって仕方ねぇだろ。遅れるよりマシだし、女子を待たせるなんて俺の中じゃ絶対にありえないんだから。……そう、俺は紳士。そういうことにしておいてくれ。
門前の景色は、思った以上に立派だ。石造りのアーチと、銀色に輝く校章。外には石畳の並木道が広がっていて、風が吹くたびに木の葉がサラサラと音を立てる。夕焼けは紫とオレンジを溶かしたみたいに空を染めていて、これが“青春の一ページ”ってやつだろ……って言いたいところだが、実際は心臓がバクバクして死にそうだった。
「なぁ、相棒」
横で羽音を立てながらふわふわ飛んでいるミニ竜――テンペストが、眠そうにあくびをした。
「ずっと鏡の前で悩んでたけどよ。外見なんてどうでもいいだろ。力でねじ伏せりゃ女は黙る」
「…ねじ伏せるって、そんな価値観で生きてるのはお前みたいなドラゴンだけだ!」
「ちっ、人間は面倒くせぇなぁ。『服がダサいと嫌われる』とか、『会話の切り出し方が~』とか、どうでもよくね?」
「どうでもよくねえわ! 初手で印象悪かったらアウトだろうが!」
俺は一人で身振り手振りしながら、会ったときのシミュレーションを始める。
「えーっと、まずは『やあ、待った?』……いやいや、チャラすぎるな。じゃあ『こんばんわ、今日はありがとう』……いや、これじゃ硬すぎるか? あーくそ、どうすりゃいいんだよ!」
「アッハッハ! ほんと必死だなお前は。外見的魅力ゼロの時点で詰んでんだろ」
「お前今なんつった!?!? 傷つくわ!」
テンペストと口喧嘩してると、不意に背中がぞわりとした。
声がしたからだ。
「――お前が、スコールか」
振り返ると、そこには三人の女子が立っていた。
いや、女子っていうより“門番”。立ち方がただ者じゃない。
一人目はプラチナブロンドのロングヘアに鋭い目つき。
二人目はショートカットで勝ち気そうな顔。
三人目は黒髪ウェーブで妙に落ち着いてるけど、その視線は冷たい。
全員こっちを睨んでて……はい、わかりました。これ、アイリス嬢の取り巻きだわ。
後ろを見れば、リムジンみたいな高級車がズラリと三台。
しかも車の横には、グラサンかけたイカつい兄ちゃん達が仁王立ち。筋肉モリモリ。いやいや、これ映画のマフィアシーンかよ!?
「……なぁテンペスト。俺、いまからデートじゃなくて暗殺されるんじゃね?」
「ククッ、やっぱ面白ぇなぁ人間社会!」
そんな俺の動揺をよそに、三人衆のリーダー格らしいプラチナの女がずいっと顔を寄せてきた。
「決闘に勝ったからといって調子に乗るなよ。約束通り、明日私がお前を倒す。覚悟しておけ」
「……は?」
耳を疑った。いやいやいや、何の話??
俺、決闘したのテンペストが乗っ取ってた時だろ!? しかも俺、その間の記憶すっぽり抜けてんだぞ!?
慌ててテンペストに小声で聞く。
「おいおいおい、どういうことだよこれ!?」
「んー? あー……そういや来てたな、挑戦状。勝手に承諾しといたぞ」
「勝手に承諾すんなぁぁぁぁぁ!!!」
声にならない悲鳴を上げる俺をよそに、三人衆の視線はさらに鋭くなる。
ああ、これは完全に地雷踏んだやつだ。
俺、明日死ぬかもしれん……。
「それに――あのお嬢様は、きっと調子が良くなかったのだ。そうでなければ、お嬢様が負けるはずなどない」
超至近距離からドスの効いた声で言い放たれる。
ぐっと眉間に皺を寄せて睨み付けてくるその迫力は、正直アイリス嬢より怖い。
いや、ほんとに。“あの麗しき令嬢のそばに付く取り巻き三人衆”――とでも名付けておこう。
この三人衆、見れば見るほど中堅ヤンキー漫画から飛び出してきたような圧の塊である。
「……で、ですよね。なにかの間違いですよね?」
俺は条件反射でヘコヘコと謙虚に返してしまった。
だが、どうだ。向けられる殺意がちっとも収まる気配がない。
まるで「この庶民をどう料理してやろうか」っていう目だ。
(おいスコール、男なら力でねじ伏せろ。膝なんか折るくらい簡単だぞ?)
頭の中でテンペストの声が響く。
やかましいわドラゴン。
人間社会にはな、「礼儀」と「空気」っていう文明的な概念があんだよ。お前にゃわからんだろうけどな!
でも、正直わからなくもない。
元々アイリス嬢に決闘を申し込んだのは俺自身だ。
なのに、今こうして弱腰でヘコヘコしてるのは、なんか……情けない気もする。
だがな――言い訳させてもらうとだ。
あの黒パンティーのせいだ。
そう、俺の思考回路はあの布切れをテンペストから手渡された瞬間にショートしてしまっていた。
アイリス嬢が履いていた(らしい)黒パンティー。
それを、なぜか俺は机の引き出しにしまっている。いや、違う、俺の意思じゃない!あれは不可抗力だ!そう、条件反射だ条件反射!
……で、だ。
一体その間に何が起こっていたのか、未だに俺は知らない。
あの夜、テンペストが何をやらかしたのか。
想像すればするほど、頭の中は巨大な積乱雲みたいにモヤモヤでパンパンになっていく。
「おい、お前。今、何を考えている?」
「えっ!? いや、別に何も……」
心臓が跳ねた。
危ねえ。パンティーのこと考えてましたなんて、口が裂けても言えるか。
でも、なんだかとんでもなく悪いことをしてしまった気がして、俺は思わず申し訳ない気持ちになる。
いや、俺悪くないんだけどな!? 悪いのはテンペストなんだけどな!?
(ククク……バレたら死刑だろうなぁ)
(やめろ!! その冗談シャレになってねぇんだよ!!)
取り巻き三人衆の視線は氷のように冷たい。
目の前で無言の圧力を浴びせかけられ、足元の石畳が沈むんじゃないかと思うほど胃が痛む。
俺が頭を抱えているその時だった。
ざわ――と空気が変わった。
肌に粟が立つ。まるで大気そのものが震えるような気配。
視線を向けた瞬間、校門前の喧騒が一瞬で静まり返った。
やってきたのは――
アイリス・ヴァレンタイン。
まさに学園のアイドルと言っても過言じゃない存在感だった。
長い金糸の髪が街灯の光を受けて煌めき、整った横顔はまるで絵画の一片。
高貴なドレス姿は完璧に仕立てられており、背筋を伸ばすだけで周囲の空気を支配していた。
その背後には、部下と思しき人間たちがぞろぞろと続いている。
護衛、従者、荷物持ち――ざっと数十人はいるだろう。
……いや、待て。これ何?パレード?
俺は思わず目を疑った。
校門前に集う生徒たちも息を呑み、場の中心に立つアイリスだけが余裕を崩さず、優雅な足取りで歩み寄ってくる。
圧倒的な存在感。
取り巻き三人衆すらその場で一歩下がり、道を開ける。
まさに「何これ状態」である。
俺の心臓は喉まで競り上がり、ただひとつの事実を悟る。
――この人に決闘を申し込んだ俺、マジで正気じゃなかった。
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