第18話 デート券、発動!?



「お嬢様、なぜこのようなものと会う約束を?!」


さっきまで俺を睨み殺しそうな視線をぶつけていたプラチナ髪の取り巻きが、道を開けながらも必死に訴えかける。

「このようなもの」っておい。人間扱いすらされてないのか俺。もうちょっと敬って欲しいもんだが、まあ、こんな高潔な美少女を前にされたら、俺なんかゴミも同然かもしれないな……。


優雅な歩みを進めながら、アイリス嬢は近づいてくる。

その足取りには一切の迷いがなく、周囲の視線を当然のように引き寄せる。


「沙希。少し落ち着きなさい」


凛とした声が夕暮れに響く。

「私が決闘で負けた以上、この男が“ただの学園の生徒”ではないことはわかっているでしょう?」


その言葉に、プラチナ髪――どうやら名前は沙希らしい――が歯ぎしりを立てた。


「しかし……ッ!」


再度こちらを睨んでくる。

おいおい、めちゃくちゃ怖いんだけど!? 目がマジでヤクザのそれだぞ!?


けれども、アイリス嬢の一言で従者たちは一歩退く。場の空気を支配しているのは間違いなく彼女だった。


俺はその威圧感に呑まれそうになりつつも、ふと鼻先をかすめた匂いに意識を奪われた。


甘く、それでいて清廉な花の香り。

そうだ、初めて学園で会ったときも同じだった。近づくたびに自然と香ってくる、彼女だけが持つ匂い。


視線を上げれば、絵画から抜け出したような横顔。プラチナブロンドの髪が街灯に揺れ、碧眼が冷ややかに輝いている。

超どストライクすぎて、思わず鼻の下が伸びてしまった。


「……っ!」


あわてて自分の顔を引き締める。

いやいや、しっかりしろ俺! 男ならシャンとしろ!

そう言い聞かせるが、近くで見るその美貌は本当に絵画みたいに整っていて……。


やべえ。心臓が爆発する。

テンペストのからかい声が頭の中で響いているのに、耳に入らなかった。


――いま俺の目の前にいるのは、決闘で勝ち取った(テンペストが勝手に勝ち取った)“報酬”。

学園一の高嶺の花、アイリス・ヴァレンタインだ。


「……スコール・キャットニップ」


透き通った声でそう呼ばれた瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねた。

名前を呼ばれただけなのに、肺に空気が入らないみたいに苦しくなる。


「は、はいっ!?」


情けない声で返事をしてしまい、取り巻きたちがクスクス笑った気がする。

くそ、俺の株が秒速で暴落していく……!


アイリスはそんな俺を見て、小さく息を整えた。


「約束通り、今からあなたの指示に従います。……デート券、でしたか?」


……デート券。

そういえば決闘の条件に設定していたな。「勝ったら一日デートさせろ」って。


「正直、そのようなことを今までしたことがないので……エスコートしていただけると助かるのですが」


さらりとそう告げる彼女に、俺は脳がフリーズした。


(おいおいおい……テンペスト!)


心の中で竜に問い詰める。


(まだデートしてなかったのか!? お前、あの四日間で勝手にやらかしたんじゃなかったのか!?)


テンペストは俺の頭の中で「ククッ」と笑った。


(デートとはなんだ? 相手を屈服させることか?)


「なるかぁぁぁぁ!!」


思わず声に出しそうになり、慌てて口を押さえる。

なんでそういう発想になるんだよ! どこまで戦闘脳なんだこのドラゴン!


(……わかったよ、教えてやる!)


仕方なく、俺は頭の中で「デートとは何か」を全力で連想してやった。

カフェでお茶、服屋でショッピング、劇場で観劇……そういう、男女が親睦を深める儀式だって。


すると、テンペストはふん、と鼻で笑った。


(そんなものには興味はない。だからこそ、お前が目覚める日を見越して、“デート券を行使する日”を彼女に伝えておいたのさ)


「……は?」


つまり。つまりつまりつまり。


「じゃあやっぱ今日デートなんじゃねーかよ!!」


俺は心の中で叫んだ。

焦りで全身から汗が吹き出す。


(そういうことは先に言っとけぇぇぇ!!)


テンペストを睨むが、赤い瞳は愉快そうに光っているだけだった。


我に返った俺は、とりあえず深呼吸して姿勢を正した。

そしてなぜか謎の敬語が口を突いて出る。


「……じゃ、じゃあ……行きましょうか」


アイリスに手を差し伸べる。

俺の腕にそっと手を添える彼女の仕草は優雅そのものだった。


(やべえ、これ本当にデート始まってる……!)


頭の中で警報が鳴り響く。

だが行き先をまったく決めてなかったことを思い出し、慌てて口を開く。


「と、とりあえず……商業区の方に行きましょうか」


何も考えてない割には、まあ無難な選択だろう。

俺とアイリスの“初デート”は、こうして幕を開けた。

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