第15話 まさかのメッセージ



……コイツは何を言ってるんだ…?


「想像してみろ」だと?

何をどう想像すりゃいいんだよ!?


俺は頭を抱えたまま、椅子から跳ね上がるように立ち上がり、そのまま部屋を飛び出していた。


行き先なんてなかった。

ただもう、この密室に一秒でも閉じ込められていたら正気が保てねぇ。


廊下に出て、冷たい石床を踏みしめ、重たい鉄扉を押し開ける。

途端に寮の外の空気が流れ込み、肺の奥に冷気が突き刺さった。


「……っはぁ……」


ひんやりした風が頬を撫でる。

頭の熱がほんの少しだけ冷めた気がした。


見渡せば、寮の中庭は静まり返っていた。

ベンチも芝生も人影ひとつない。

みんな授業に出ているんだろう。

そういや今日は平日だったな。


「おーい、ねぼすけぇ」


間の抜けたその声に、こめかみがぴくりと跳ねた。

ねぼすけぇって、……そもそも誰のせいで寝込んでたと思ってやがる。


「……お前なぁ……」


「そんな顔すんなよ。どうせ今日は“体調不良”で休みにしてある。昨日もサボってたからな。ちょうどいいだろ?」


「体調不良……?」


「おう。教師どもにはそう報告しといた。安心しろ、完璧にこなしてやったぞ」


さらっと言いやがるが、問題はそこじゃねえ。


「……待て待て待て。お前、完全に乗っ取ったときは見た目も声も“女仕様”になるんだよな?」


「そうだな。あの姿はオレ本来のものだからな」


「その時点で、俺って存在はこの世から消えてるも同然だろ!?この四日間どうやって過ごしてたんだよ!?」


俺が詰め寄ると、テンペストは尾をひょいひょい振りながら、悪戯っ子みたいに笑った。


「ふん、造作もねぇよ。姿を変えるなんざ朝飯前だ」


「はぁ!?」


「人間の形も声も、少しひねればどうにでもなる。だから誰にも気づかれちゃいねぇ。安心しろよ、スコール。オレがやることは完璧だ」


「安心できるかボケェ!!」


思わず叫ぶ。

こっちは今、胃に穴が開きそうなんだ。


「……おい、マジで言えよ」


俺は深呼吸をひとつ挟み、低い声で問いただす。


「アイリス嬢と……何があったんだ」


テンペストは俺を見下ろし、にやりと口の端を上げた。

まるで愉快な遊びでも話すかのように。


「さぁな。気になるなら、本人にでも聞いてみるんだな」


「ふざけんなよ……」


怒鳴り返そうとした、その時だった。


――ピピッ。


耳元で通信音が鳴る。

反射的にポケットを探り、エーテル・リンクを取り出す。

淡く青い光を放ちながら、画面に新着メッセージが浮かび上がった。


差出人の名前を見て、心臓が跳ねた。


アイリス・ヴァレンタイン。


「……っ」


指が震える。

画面には、ただ一行。


今日、夜会いましょう。


「…………」


俺はその場で固まった。

喉が詰まり、呼吸を忘れる。

何がどうなってんだ。

どういう意味だ。


肩に乗ったテンペストが、にやにやしながら俺の頬をつついた。


「ほらな? 言ったろ。楽しいのはこれからだぜ、相棒」


俺の青春、完全に死亡フラグ。


……つーか、連絡先なんていつ交換したんだよ。


画面に浮かぶ名前を何度も見返す。

「アイリス・ヴァレンタイン」

間違いなく、あの高嶺の花。


いや待て、一旦落ち着け俺。仮にこのメッセージ先がアイリス嬢本人だとして、俺たちは今一体どういう関係になってるんだ…?

この数日で急に友達になんてなるわけもないし、そもそも決闘で勝った負けたの話くらいしか頭に入ってこない。

テンペストに社交的な一面なんてあるわけもないし、…まじでどういう繋がりで連絡先が交換されてんだよ!?


「……っはぁ……」


額を押さえ、廊下に座り込む。

とりあえず返信しなきゃ。

返信……返信ね……


だが、どう送ればいい?


「了解しました(キリッ)」

みたいな堅苦しい文面じゃ軍の報告書だし。


「おっけー♡」

なんて軽いノリで返したら即座に粛清されるだろ。


そもそも、「夜会いましょう」ってどこで!?

場所の指定すらねえんだぞ!?

待ち合わせするにしたって、俺どうすりゃいいんだよ!?


「ククッ……」


頭を抱える俺の肩で、テンペストが小さな羽をパタパタさせながら笑っている。

ちょっと愉快そうに、ちょっと人をバカにしたように。


「これで正式に童貞が卒業できるな」


「はああああ!?!?」


思わず声が裏返った。

寮の廊下に響き渡り、静まり返っていた建物が俺の声でビリついた気がした。


「正式にってなんだよ、正式にって!! 俺がどんだけこの話題にナイーブか分かってんのかお前!!」


「いやいや、心配すんな相棒。オレが保証する。間違いなく“卒業”だ」


「誰がそんな保証してくれって言った!? そもそもお前に保証されるとか絶対に嫌だわ!!」


俺は両手でテンペストを鷲掴みにし、目の前に持ち上げる。

ミニサイズの竜のぬいぐるみめいた姿はふざけてるとしか思えない。

それなのに、その赤黒い瞳だけはやけに艶めかしく光っていた。


「……なぁ、正直に言えよ」


低い声で問いかける。


「まさかとは思うが……俺の体を使って、とんでもないことしてるわけじゃないよな……?」


心臓がバクバクと跳ねる。

冷や汗が背中を伝う。

今さら考えたってどうしようもないが、もしテンペストが“そういうこと”をしたんだとしたら……俺の青春は完全に詰みだ。


「んー?」


テンペストは小首をかしげ、尾をぶんぶん振りながら小悪魔じみた笑みを浮かべる。


「想像に任せるぜ、相棒」


「任せられるかあああああ!!!」


俺は叫び、床に突っ伏した。


どうすりゃいい。

マジでどうすりゃいいんだ俺。


リンク・オーブの画面はまだ光っている。

「夜会いましょう」

たったそれだけのメッセージが、今や爆弾の起爆スイッチにしか見えなかった。



…落ち着け、まずは落ち着くんだ…



高鳴る心臓を鎮めようと、寮の廊下をぐるぐると歩き回る。

いや、歩き回るってレベルじゃねえ。完全に不審者だ。

何往復したか分からない廊下で、俺は額に汗をにじませながらぶつぶつと独り言をこぼしていた。


「……で、服装は? なぁ、服装どうすりゃいいんだ? これって、やっぱ“デート”ってことになるのか……?」


学園の制服か? それとも私服か? 俺、こっちの世界のオシャレ事情とか一切知らねえぞ!?

やべぇ……“初デートでダサい格好して爆死する主人公”って、エロ本より恥ずかしいやつだろこれ。


「おいおい、デートでも処刑でも行くと決まったら腹くくれ?顔が死にすぎてんぞ」


「うるせぇ! 俺は真剣に考えてんだ! そもそも待ち合わせ場所、学園の校門前って……絶対また襲撃されるパターンだろ!? アイリス嬢の取り巻きが背後からドカーンって来る未来しか見えねぇんだけど!?」


「ククッ……なんだ、ビビってんのか?」


「ビビるも何も、俺は絶賛困惑中なんだよ!!」


俺は振り返りざま、壁に手を突きながら声を荒げた。

もう頭の中は爆発寸前。


テンペストは空中でくるりと一回転しながら、しれっと言う。


「ま、少なくとも――あの小娘を屈服させたのは事実だ」


「……は?」


意味深にもほどがあるだろその言い方。

俺は思わず足を止めた。


「ちょっと待てよ。屈服って、なんだよ屈服って。普通に“勝った”とか“決闘で優勢だった”とか言えないのか!?」


「おいおい、相棒。オレに“普通”を求めるなよ」


悪びれた様子もなく、テンペストは牙を見せて笑った。


「……なぁ」


俺の頭の中で、想像と妄想がごちゃ混ぜになり始める。

屈服ってどういう意味だ。決闘で負けて膝をついたのか? それとも俺の知らないとんでもないシチュエーションが……?


「いやいやいや……落ち着け俺……」


必死に自分に言い聞かせるが、脳内ではどうしても黒パンティー事件がフラッシュバックする。

あの黒い布切れが、今も机の引き出しの中で静かに眠っている。


「うわあああああ!!!」


頭を抱えて叫んだ。

もう爆発する。マジで爆発する。


俺はこれからデートに行くのか?

それとも処刑に行くのか?

わからねぇ。わからねぇが――行くしかない。

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