第14話 黒パンティーと禁断の勝利宣言



「ちょ、ちょっと待て待て待て!」


俺は机をドンと叩いて立ち上がった。

肩にちょこんと座っているテンペストを睨みつけながら、声が裏返る。


「決闘に勝ったって言ったけど……まさか! アイリス嬢を半殺しにしたとか、洒落にならねぇことしてねぇだろうな!?」


問い詰める俺に、テンペストは赤い瞳を細め、にやりと口角を吊り上げる。


「ふふん……気になるか?」


「気になるに決まってんだろ!!この前だってお前のせいで謹慎処分を受けたばっかだってのに…!」


俺の声は焦りと恐怖でひっくり返っていた。

決闘に勝っただの蹂躙しただの、そんな抽象的な表現だけで済む話じゃない。

現実に何があったのかを聞きたいのに、この竜はわざと濁して笑ってやがる。


テンペストは俺の必死のツッコミを完全にスルーし、ひらひらと右手――いや、小さな爪先を振った。

そこに現れたのは、何か黒い布のようなもの。


「な、なんだそれ……?」


目を瞬かせる俺に、テンペストは悪魔的な笑みを浮かべる。


「ほれ、証拠品だ」


軽くひょいっと放り投げられたそれを、俺は反射的にキャッチした。

手の中に収まった布を広げた瞬間、時が止まった。


「……ッッッ!!??」


俺の喉から、言葉にならない悲鳴が漏れた。

目を疑った。いや、見間違いであってほしかった。


「く、く、く、く、黒……!?」


声が震える。

息が詰まる。

指先に触れているのは――。


「く、黒いパンティィィィィィィ!?!?」


あまりの衝撃に、俺はその場でひっくり返りそうになった。

両手で持ち上げて凝視する。黒。紐。見覚えがある。


「な、なんでだよ!? なんでお前がこんなもん持ってんだよ!?!? バカなのか!? 犯罪竜かお前は!?」


叫ぶ俺をよそに、テンペストは得意げに胸を張り、尻尾をぱたぱた揺らした。


「喜べよ、スコール。お前が攻略したがってたあの小娘……」


悪魔のような笑みとともに、言い放った。


「オレが先に攻略しておいたぞ」


「はあああああああああああああああああああああああ!?!?」


俺は頭を抱え、床に崩れ落ちた。

全身から冷や汗が噴き出し、心臓が口から飛び出しそうだった。


「ふざけんなよ! 何やってんだよお前ぇぇぇぇ!!!!」


テンペストの高笑いが、寮の一室に響き渡る。


見た目はどこぞの可愛いマスコットキャラクターのような風貌だが、口調は相変わらずというか何というか。


っていうか攻略……?


いやいやいや


…いやいやいやいやいや


ちょっと待て、…ちょっと待てよ。


心臓が嫌なリズムを刻んでいた。

攻略ってなんだ。まさかとは思う。いや、まさかであってくれ。


百歩譲って「決闘に勝った」くらいならまだ許せる。

いや正直に言うと許したくはない。むしろ俺が勝ちたかった。

だが相手は俺が寝てる間に俺の体を乗っ取ったテンペストだ。仕方ない、そう自分に言い聞かせればなんとか納得できる。


さらにもう千歩くらい譲って「デートを成功させた」くらいなら――いや、やっぱり許せねえ。

俺の青春を勝手に進めてんじゃねえってなる。

けどまだ、まだギリ理解できる範疇だ。


だがだ。


今、俺の手のひらには黒い布切れが載っている。

それもただの布じゃない。


「……黒パンティーだぞ?」


思わず声に出してしまった。

頭の中でぐるぐる同じ言葉がループする。

黒パンティー。黒いパンツ。女性の下着。


なんでそんなもんが俺の手元にあるんだ!?


脳みそがフル回転し、いっそ煙を噴きそうな勢いで考えを巡らせる。

しかしどう考えても結論はひとつしか出てこない。

「これはやべえ」だ。


「なかなかに強情な女だったがな」


そんな俺の混乱をよそに、肩にちょこんと座っているテンペストが平然と言い放った。


「……な、なんだよその言い方」


俺の声が震える。予感が全身を這いずり回り、胃を鷲掴みにしている。


「少し攻めてやれば、すぐに甘い声で鳴いていたぞ。それこそ――シーツがびしょびしょに濡れてしまうほどにな?」


「ブフォォッ!!?」


口から変な声が飛び出した。

椅子から転げ落ちそうになり、思わず立ち上がって机を叩いた。


「お前なに言ってんだ!?!? 18歳未満お断りの発言を軽々しくすんなバカ竜!! つーかどういうことですかそれは!!?」


テンペストはにやりと牙を覗かせる。

赤い瞳が愉快そうに光っていた。


「オレはな、人間の体なんざ興味はない」


「ならなんでそうなるんだよ!?」


「だがな、宿主のお前が夜な夜な嗜んでいるエロ本。嫌というほどオレに見せつけてきただろう?」


「見せつけてねえよ!? 俺が勝手に見てただけだ!!」


「ふふん。どうやらその経験が生かされたらしいな。どこをどう弄れば女の体が悦ぶか……オレの手にかかれば、すぐにマスターできる」


「マスターすんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


俺は両手で頭を抱え、ぐるぐると部屋の中を歩き回る。

理解できない。いや、理解できすぎて逆に意味が分からない。


甘い声で鳴いていた?

シーツが濡れていた??

攻略……???


「……おい、テンペスト。まさか、俺が寝てる間に……お前、何をしやがった……?」


声がかすれていた。

言葉が震えていた。

全身の毛穴から冷や汗が噴き出す。


テンペストは俺を見上げ、にやりと笑った。


「さぁな。想像するのもまた、楽しいんじゃねぇか?」

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