二ノ巻 その六 ―三色、交わる刻―

「クソッ! クソがっ! いてぇ……いてーよ、チクショー!!」


 肩ごと右腕を持っていかれた天蜴人リザーディアンが痛みを訴えながらも、追撃から身を守ろうと左手で光の盾を構え、こちらを睨みつけた。


(情報通り……人語を解するか)


 スカーレットは束の間、対話の道を模索したが、すぐに無駄だと判断する。


 手負いとはいえ、数はこちらが劣勢。


 それに、消滅覚悟で結界に突入する狂人どもだ。


 捕虜にする価値など無い。


 そう結論づけると、スカーレットは一瞬の迷いもなく追撃に移った。


 光の盾を突き出す巨体へと接近し、寸前で左に急旋回。


 無くなった右腕側へと潜り込み、右脚装甲の隙間を狙って切りかかる。


 ――が、左から長大な尻尾が高速で迫る!


 咄嗟に狙いを尻尾へ切り替え、両刃剣と尻尾が激突した。


 金属同士がぶつかるような甲高い音と共に、衝撃波が地を這う。


「くっ……!」


 問題なく着地は決めたものの、今の衝撃で大きく距離を取られてしまう。


 その間に、吹き飛ばされていたもう一体が起き上がり、体勢を整えていた。


(二対一か……一体は行動不能にしておきたかった)


 右手首を失った個体が左手で腰の武装を掴み、棒状のものから光の刀身を生み出す。


(盾一、剣一……連携されると厄介だ)


 悪い予感が的中した。

 

 盾持ちが前に進み、剣持ちがその背後に隠れる。


(当然の判断だな。奴ら、言動こそ粗野だが、技量は悪くない)


 ―――――――


 紫絃は動きを封じる策を事前に練っていた。

 

 まずは蹴り倒した敵から武装を剝ぎ取り、遠くへ投げる。


(昨日の分は里に持って帰っちゃったからな……今度のは王国用に確保だ)


 遠くからスカーレットの指示が飛ぶ。


「任せてください!!」


 紫絃は大声で返事をし、黒兎の操作に集中した。

 

 黒兎には切断武器も拘束具も無い。


 ならば――関節技だ。


 天蜴人の生体構造は未知だが、人型である以上、無脊椎ではないはず。


 右脚の上に乗り、下腿部を両手で抱える。


「せーのっ、えいっ!」


 膝が逆方向に折れ、鈍い音とともに苦悶の叫びが上がる。


「急げ、急げっ!」


 立て続けに左膝、右肘、左肘と折っていく。

 

 尻尾は構造不明のため放置した。


「よし、一先ずはこれで良いか」


 四肢の関節を破壊された巨人は、地面に倒れ込み、身動きひとつ取れなくなった。


(スカーレットさんが二体を引きつけてくれたおかげだ……)


 周囲を確認する紫絃。


 王都側には黒い煙幕と幻術の壁が張られている。


 仲間の働きに胸を撫で下ろす。


(みんな、ありがとう。これで情報漏洩は防げるね)


 感謝を込めた瞬間、その煙幕を突き破る緑の影が目に映った。


「モン丸、あれなんだと思う?」


 肩にしがみつく忍猫が答える。


「みどりのアニマにゃー」


「緑の魂機兵アニマ!? 国際連盟に気付かれちゃったのかな……?」


 国際連盟には「緑」の色持ちカラーズが一体配備されている。


 幻術を見破ったのなら、相当な実力者だ。


 忍びたちが足止めできなかったのは無理もない。

 

 自分の配慮不足を悔やみ、紫絃は胸中で謝罪した。


 このタイミングで来たということは、搭乗者は王都に居たのだろう。


(もう隠し通せない……参入を許すしかないな)


 ―――――――


 スカーレットは光の盾と剣の連携に手こずっていた。


 盾を避けて回り込めば剣が邪魔をし、軽い攻撃では貫けない。


 貫ける火力はあるが、相手を粉砕してしまう恐れがある。


(防御、反撃、破壊……光の盾、実に厄介だ)


 攻防一体。しかも触れる武器を破壊する。


 もし射程まであれば――まさに“最強の防御兵装”だ。


(いっそ損傷覚悟で突っ込むか……?)


 その時、背後から声が飛ぶ。


「スカーレットさーん! こちらの一体、無力化しましたー!」


「……何っ!?」


 驚きつつも、紫絃ならやりかねないと納得する。


「よくやった!」


「ありがとうございます! それと――緑の魂機兵が接近中です! 国際連盟ですよね? 増援でしょうか?」


「緑……だと!? ――あいつらが来ていたか!」


 スカーレットは一瞬息を呑んだが、すぐに笑う。


(むしろ好機か)


「紫絃、緑は味方だ! これで遠慮なくやれる!」


 スカーレットの言葉に、天蜴人たちがざわめく。


「トカゲども! 三百年ぶりだな! しばらく見ないうちに人語まで覚えたのか!」


 沈黙する二体に、スカーレットは挑発を続けた。


「どこで覚えた? 誰に教わった? おしゃべりでもしたくなったか?」


 片手で剣を前に突き出し、さらに煽る。


「ならば楽しくおしゃべりといこうじゃないか!」


「どこのお生まれですか? ご趣味は? 休日はどうお過ごしで?」


 そう問いかけると、二体に攻撃をしかける素振りを見せる。


「ほらほら、黙っていては退屈だぞ!」


 そうして笑いながら時間を稼いでいると、後方から落ち着いた声が響く。


「相も変わらず、声が大きいですね……スカーレットさん」


「やっと来たか、レフィー!」


 待っていたぞ、と言わんばかりの声。


 その名を聞いて、紫絃が驚きの反応を見せる。


「えっ!? レフィーさんが乗ってるんですか!?」


「その声は――紫絃くん?」


「はい! モン丸も一緒です!」


 横でモン丸も「うにゃー」と返す。


「知り合いだったのか?」とスカーレット。


「えぇ。今日初めてお会いしたんですが、とても親切にしていただいて……」


「そんなことないですよー」と紫絃。


 スカーレットは笑いながら念を押す。


「紫絃、分かっていると思うが、緑の搭乗者は機密情報だ。今の言葉は忘れてくれ」


「了解です!」


 トカゲたちを前に、スカーレットは剣を構え直した。


「さて――レフィーには、早々に仕事をしてもらうぞ」


 ――戦局は、動き出す。

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