二ノ巻 その五 ―赤と黒、共に駆ける―

 モン丸を肩に乗せ、紫絃しづるは街中を北に向かって疾走する。


(王都を抜けたら、すぐに黒兎くろうさぎに乗って目的地まで加速――)


 恐らく道中で騎士団と合流できるだろう。


 次の動きを計算しながら、人の間をすり抜けていく。


 居住区を抜け、王都を守護する城壁前にたどり着いた紫絃は、背後から高速で駆けてくる二輪軍馬サイバイクの音に気づき、振り返った。


「スカーレットさん!!」


 紫絃は声を上げ、二輪軍馬の搭乗者に手を振る。


 赤い全身鎧フルプレートをまとい、一角獣の兜を被った騎士―――スカーレットが、紫絃に気づくと速度を落とした。


「紫絃!……北へ行く気か!?」


 スカーレットは、二輪軍馬と並走する紫絃へ問いかける。


「はい! 隕石が北部の森へ落下したみたいなので、火事とか起こってないか心配で。消化活動のお手伝いができないかと思って……」


 紫絃は、スカーレットに会えた嬉しさを隠さず笑顔で答えた。


 スカーレットは一瞬、思考し――そして問いかける。


「紫絃! 戦闘が起きる。戦う覚悟はあるか!?」


 二人はかつて、疑似魂機兵アニマの試験運用で出会っていた。


 スカーレットは、紫絃がその機体を所有している経緯も知っている。


 少年を戦場へ連れ出そうとしている自分を心の中で罵倒しながらも、なお問う。


「命を落とす可能性がある! それでも来るか!?」


「はい!」


 紫絃は迷いなく答えた。


「その覚悟、確かに受け取った! 身命をしてお前を守ることを、ここに誓う!」


「城壁を越えたら、魂機兵を呼び出せ! 二人で敵に強襲をかける!」


 明確な指示。

 

 それを聞きながら、紫絃は――


(やっぱり優しい人だ……)と心の中で呟いた。


 ―――――――


 二人が城壁を抜けると、スカーレットは二輪軍馬から飛び降り、腰の短剣を掲げ叫ぶ。


「アグニス! 我とともにっ!」


 それに呼応して、紫絃も召喚用デバイスを掲げ、愛機の名を呼んだ。


「黒兎、一緒に戦って!」


 赤と黒、二つの巨影が光の中から現れ、片膝をつく。


 二人が背中の魔法陣マジックサークルへ飛び乗ると、その姿は消え、巨人たちが立ち上がった。


 赤の巨兵―――アグニスには、全身鎧フルプレートと一角獣の兜。


 スカーレットが装備していた兵装がそのまま顕現し、全長をも超える巨大な両刃剣を背負う。


 黒の巨兵―――黒兎は外見の変化こそないが、拳と脚部の装甲が厚く、徒手空拳の格闘戦に特化しているのが見て取れた。


「いくぞっ!」


 スカーレットの声に、紫絃が二つ返事で応じる。


 赤と黒の巨兵が同時に地面を蹴り、背の噴出口から青白い光を放って駆け出した。


 ―――――――


 しばらく進むと、巨大な隕石が三つ、地表を穿って横たわっているのが見える。


「あれが今回の目標、天蜴人リザーディアンだ。知っているなっ」


 スカーレットは、天蜴人と聞いて動揺しているであろう紫絃を気遣いながら説明を続ける。


 ターゲットは三体。武装、威力、戦力の配置、そして死の間際に自爆するという特性―――。


「光の剣は威力は高いが、間合いは長剣だ。お前なら余裕だろう。厄介なのは光の銃、その出力は天蓋護結界プロテクション・フィールドに届くほどだ」


「天蓋護結界までですかっ!?」


「ああ。あれが王都へ向けて放たれでもしたら、天輪結界アストラル・ドームだけで防げるか分からん。自爆も同様だ。そのために防御陣を敷いた」


「いいか、光の銃の射線には絶対に入るな。無力化が最適解だが、撃破した場合はすぐに私の後ろに回れ! 私を盾にしろ、これは命令だ!」


(……ただ、想定外がある。自爆は“単体”のときの情報だ。複数体の場合、どうなる?)


 だがスカーレットは考えても答えの出ないことに時間を割く戦士ではない。


「先手を取る! 続けっ!」


 そう叫び、隕石の影に潜む敵影へ強襲を仕掛ける。


 機体の全噴射口が青白く輝き、巨体が跳躍。


 背中の両刃剣を抜き、上段へ構える。

 

 刃が突如灼熱の炎を纏う。


 ―――やはり!


 スカーレットの読み通り、隕石の陰に天蜴人が立ち上がろうとしていた。


 落下の勢いに合わせ、炎の剣を振り下ろす。

 

 敵の肩ごと右腕を切り飛ばした。


 他の二体が反応するより早く、スカーレットは追撃に移る。

 

 灼けた剣身を地面から引き抜き、右から左へ振り回し、両足の切断にかかる。


 しかし、装甲の強度が高く、装甲の表面を溶かすものの、右足を切り飛ばす前に全身が大きく左へ吹っ飛んだ。


(ちっ!もっとその巨体で踏ん張らんかっ)


 心の中で悪態をつくスカーレット。


 その間に、黒い影が一閃。

 

 黒兎がもう一体の天蜴人を蹴り飛ばし、巨体を頭から地面に叩きつけた。


 最後の一体がアグニスに銃身を向け、構える。

 

 スカーレットは瞬時に機体を左前方へ飛ばし、閃光が背を掠める。


 光は森を焼き払い、大地を抉り、彼方へと消えた。


 幸い王都方向では無い。


 一瞬王都の方向を見やると、黒い煙が立ち込めるのに気が付く。


「……ふふ、やはり優秀だ」


 里の者へ賛辞を送りつつ、前進し、次の攻撃へと移る。


(やはり……でかいな)


 アグニスの四倍はある巨体に関心しつつも、銃を構えたまま硬直している相手の右手首を狙い、斜め上へと跳躍。


 剣を振り上げ、右手ごと銃を吹き飛ばす。

  

 振り上げた勢いを利用し身体を回転させ、のけ沿いた相手の体躯を右から左へ横に薙ぎ払おうとした―――が踏みとどまる。


(とどめを刺せんのは厄介だな)


 勢いのついた薙ぎ払いでは身体を真っ二つにしてしまう可能性があったのだ。


 ならばっ!――――


 腰の武装へと狙いを変える。

 

 剣の刃を縦にし、面で腰部を横からぶっ叩く。


 巨体が吹き飛び、武装に損傷を与えたのか、火花を散らしながら地を転がった。


 吹っ飛んだ方向には、最初に吹き飛ばした個体が立ち上がろうとしていた。


「紫絃! その一体を任せる!」


 スカーレットは叫び、残る二体へ迫る。


 立ち上がった敵の左手に、光の盾が展開される。


(……厄介な盾だ。貫いて生かす、至難の業だな)


 両者の間に、緊張が走る。


 ―――戦いは、まだ終わらない。

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