二ノ巻 その四 ―忍びと赤騎士、動き出す時―

 情報収集を終え、紫絃しづるとモン丸は噴水広場のベンチに座る。


 背中の鞄をゴソゴソさせ、あるものを取り出し、モン丸の前に差し出す。


「はい、約束のかつおぶし」


 モン丸の目が輝きを増し、かつおぶしを両前足で器用に抱き込むと、興奮した声を上げる。


「にゃにゃにゃにゃにゃー」


 興奮していても、言葉を発しないところがモン丸の偉いところである。

 

 しかし欲求は止められないようで、かつおぶしをガジガジ噛み始める。


「もー、モン丸。そのままじゃ食べられないでしょ? 家に帰って削ろう」


 モン丸からかつおぶしを取り上げ、再度鞄にしまい込む。


 「じゃあ、なんで今見せつけたにゃ」と文句を言いたげな目を紫絃に向けるモン丸。


「ごめんって。さあ、帰ろうか」


 紫絃が謝りながら帰宅を促した、そのとき――


 はるか上空で激しい光が瞬き、直後に大きな衝撃音が鼓膜を揺らした。


 惑星全体を覆う巨大防衛結界、天蓋護結界プロテクション・フィールドに、何かが衝突しているのだ。


 紫絃の鋭敏な視力が瞬時に光の数を捉える。


(約四十個、昨日よりも多い!)


 咄嗟に思考を巡らせる紫絃。


 ただの隕石ではない――天蓋護結界突破の可能性、落下地点の予測、天蜴人リザーディアンへの対処法、招集可能な魂機兵アニマの数、王国との連携、国民への情報統制……。


 あらゆる可能性を検討し、結論を定めた。


(突破されれば、この辺りに落ちる可能性が高い。黒兎くろうさぎを用いて騎士団と合流し、周囲の忍びと連携して煙幕と幻術で視界を遮り、国民に天蜴人の存在が見えないようにする!)


 黒兎とは、シルヴァン王国が開発した疑似魂機兵であり、紫絃は開発段階の試験搭乗者テストパイロットを務めていた。


 里と宰相がその計画に深く関与しており、有事には疑似魂機兵の運用が許可され、召喚用デバイスを所持することも認められている。


 また、宰相の取り計らいで、幾人かの忍者は王国民として登録されており、王国内の都合の良い組織に一般人として在籍している。


 この疑似魂機兵は、魂や自我が宿る本来の魂機兵アニマとは異なり、魂や自我を持たず、システム登録により操縦可能な機械兵である。


 性能は魂機兵に及ばないが、手のひらサイズの召喚用デバイス一つで任意の場所に呼び出せる利点がある。保管スペースを取らず、運搬コストも下がるなど、メリットは大きい。


 ただし――


 デメリットも明白である。

 

 一機あたりの生産コストが非常に高いこと、搭乗者の装備が反映されないため事前に武装を整えておく必要があること、許容重量を超える武装は送還できないこと、破損した場合は技師の手で修復が必要なこと、特殊な操作を要するため操縦できる者が限られるという致命的な制約があった。


 王国はこの技術の転用を模索しているものの、実用化の目途は立っていない。


 魂機兵を模したからこそ生まれた、奇跡の産物なのだろう。


「王国内の忍び各位へ伝達。『トカゲ』の再来を警戒し、国民への情報流出を防げ」


 紫絃は短距離通信機で、王国内に潜伏・任務中のすべての忍者へ指令を飛ばす。

「隕石落下後は煙幕と幻術で視界を遮り、危険区域への立ち入りを防げ。国民が『トカゲ』を見ることがないよう」


 これで情報流出は最小限に抑えられる――紫絃はそう判断した。


 次の瞬間、三つの光が天蓋護結界を突破してくる。


(三つ……思ったより少ない)


 それらは王都に向かって一直線に落下してきた。


 それに呼応するように、王都の中心にそびえる聖輪柱セントラル・スパイアの頂上が閃光を放ち、王都全域を覆うほどの魔法陣が次々と展開される。


 重なり合う魔法陣がドーム状の結界が形成した。


 ――王都を守る結界、天輪結界アストラル・ドーム


 三つの隕石は天輪結界に触れた瞬間、強い斥力を受けて弾かれ、王都外縁の北部の森へと落下した。


(天輪結界が正常に発動……よかった。王都への被害はなさそう)


 紫絃はモン丸と目を合わせ、ほっと息をついた。


 周囲の人々は隕石と結界の発動に驚き、混乱していた。


 紫絃は対応を王国に任せ、隕石落下地点へと駆け出す。


 ―――――――


 数分前。王城・防衛指揮室。


 防衛指揮室では、天蜴人襲来に備え、常時宇宙の観測を行っているが、今回も昨日と同様に隕石が突如出現し、発見が遅れたため対応が後手に回った。


 各国は対隕石用の防衛設備を導入しているが、突如の出現には対処が追いつかなかった。


 研究員たちは、なぜ検知が遅れたのかを議論している。


 忙しく人々が動く中、ひときわ大きな声で指示を飛ばす人物がいた。


 魂機兵騎士団団長、スカーレット=ヴァルディアである。


 三十一歳の人種ひとしゅ

 

 高身長で、日々の訓練で引き締まった体躯。

 

 髪は赤く肩までの長さのショートカット、肌は健康的な白さ。

 赤を基調としたフルプレートの鎧とマントを着用し、一角獣を象った角付きの兜を腕に抱えている。


 化粧はしておらず、顔立ちは凛々しい。


 第一番隊の隊長を兼務し、現場主義で誰よりも前に立つ勇敢な指揮官である。


 指揮室では武器は携えていないが、両手持ちの長大な両刃剣で戦場を駆ける姿は、深紅の炎旋風ファイアー・ストームと恐れられている。


 彼女が駆る魂機兵は、赤の色持ちカラーズ――アグニス。


「落下地点の予測を急げ!動ける魂機兵は全員待機、ただちに出動できるように!」


 スカーレットは落下物が天蜴人であることを直感していた。


 長年の戦場経験から培った危機察知か、純然たる勘かは判らない。


 しかし今回は慎重に、かつ迅速な行動が求められる。


「王都への落下に備え、天輪結界の発動を準備しろ!」


(ここの人員は優秀だ。私が全部指示する必要はないが、緊急時の指示は明瞭であらねばならない)


 スカーレットはそう考え、声を張り続ける。


(国民への情報統制は、里の者たちが確実に動いてくれるだろう。そこは彼らに任せよう)


 里に対する信頼は厚い。


(現れた天蜴人は直ちに排除する……だが問題は自爆だ)


 スカーレットは思案しながら指示を出す。


 (王都近辺で自爆されたら被害が甚大だ。天輪結界だけでは心許ない……ならば、出せる魂機兵を並べ防御壁を作るか)


(今日の会議で貴族たちが集まっているのが、戦力の足枷になっている)


 緊急会議で集まった貴族たちの護衛に兵力が割かれ、動けるのはわずか。


(そうなると、戦えるのは私だけか──)


 スカーレットはわずかに笑った。


 (ふふ、複数相手か。……燃えるね!)


 静かに、その胸に闘志を灯すのだった。

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