二ノ巻 その七 ―燃ゆる紅と緑の絆―
「ところでスカーレットさん。あの大きなトカゲさんたちは、もしかしなくてもあの逸話の……?」
「いやいや、ただの大きなトカゲだ。ただし、死ぬと爆発する―――な」
笑いながら答えるスカーレットに、ため息をつくレフィーエ。
「隠しとおせるとは思っていないでしょうに……。組織間でのことはともかくとして、私たちの間で隠し事は無しにしてくださいね」
「まあ、そうだ。例のアレだ。―――それより、その自爆が厄介だ。頼めるか?」
「承知いたしました」
スカーレットとレフィーエの間では、共通の答えが出ているのだろう。
「ミリー、準備いたします。フォローをお願い」
レフィーエは同乗しているミリーに操縦を委ね、魔法発動に取りかかる。
緑の
基本の操縦はミリーことミリアリアが担当し、魔法による攻撃はレフィーエが担う。
「さあ紫絃。久々に合わせるか!」
「了解です。いつでもいけます!」
その言葉を聞くや否や、スカーレットは盾持ちへと急接近する。
そして左へと飛び、後ろの剣持ちの注意を引く。
「何かと思えば、さっきと同じじゃねーか!」
剣を持ったトカゲが吐き捨てながら光の剣を向けてくる。
「私とそんなに遊びたいのか? 構わんが、もう一人遊び相手が増えたんだぞ?」
アグニスの奥から黒い影が走り、剣持ちの右側面に拳を突き立てる。
スカーレットが急接近したとき、紫絃はアグニスの背後へ回り込み、影のように二体のトカゲの死角へ潜んでいたのだ。
巨体がのけ反り、盾持ちへと寄りかかって倒れる。
アグニスが両刃剣を右肩に担ぎ、黒兎も距離を取って構える。
スカーレットは目を閉じ、大きく息を吸い集中力を高める。
剣を上段に構え、目を見開いた瞬間、赤の魂機兵から炎が立ち昇った。
その炎が剣身に収束し、燃え盛る火柱と化す。
掲げた両刃剣を鋭く振り下ろし、渾身の一撃を放つ。
剣身から放たれた炎を纏う斬撃が
―――
二つの巨体ごと大地が切り裂かれ、炎が地面を走る。
「レフィー! 頼む!」
「任されました」
緑の魂機兵の前に魔法陣が幾重にも重なり、四方八方へと広がる。
広がった魔法陣が二つに裂かれた巨体を包み込み、地面ごと球体に閉じ込めた。
―――
二つの亡骸が大きく膨れ上がり、球体の中で爆発する。
―――が、その影響は一切外に漏れ出ることはなかった。
本来は防御に使われるその術式は、発動以来、一度も破られたことのない“絶対の盾”だった。
―――――――
「助かったレフィー。ミリーもありがとう」
スカーレットが素直に礼を述べる。
「お礼なんて―――じゃあ今度、中央広場前に出来た『パティスリー・ラ・クロワ』に行きましょう」
「そこのオペラケーキがとても美味しいらしいの、ミリーが調べてくれたのよ」
「紫絃くんも甘いのは好きかしら?」
「はい! 大好きです!」 「にゃー」
モン丸はチョコレート、食べちゃダメだよー、と肩に乗る猫とおしゃべりをする紫絃。
「組織同士のやり取りはどうなるか分からないけれど、拗れることは無いと思うわ」
レフィーエの表情が真剣なものへ変わる。
「シルヴァン王国、
スカーレットは姿勢を正し答える。
「承知仕りました。直ちに謁見の場を用意いたします」
杓子定規のやり取りが終わり、二人が笑いだす。
ミリアリアもつられて笑い、紫絃はモン丸と顔を見合わせてきょとんとしていた。
「でも、本当に来てしまったのね……」
「ああ。」
これから起こる大災厄へ、スカーレットは決意を新たにする。
―――――――
「そうだ、スカーレットさん。向こうでのびてる一体はどこに運びましょうか?」
二人の真剣な会話が終わり、紫絃が話しかける。
「武器とかも遠くに投げちゃったんだった……。ボク、ちょっと取ってきますね!」
黒兎が脱兎のごとく走っていく。
黒い兎の背中を見送りながら、レフィーエがスカーレットへ話しかける。
「あの年でしっかりしてるわ」
「そうだな。年相応な部分もあるが、どこか浮世離れしている」
「王都の子、なのよね?」
「記録上は、そうなっているな」
実際のところ、スカーレットにも分からない。
―――――――
「忍び各位へ伝達。『トカゲ』討伐完了。二体は消失、一体は確保。王国内の研究機関へ移送予定。北門の人払いと幻術の準備を」
短距離通信機で仲間へ指示を出す紫絃。
やることは山積みだ。もう日は沈んでいる。
「モン丸。今日は帰るのが遅くなっちゃうかも……」
(早く帰ってかつおぶし食べたいにゃー)
心の声が聞こえるようで、紫絃は苦笑した。
―――――――
移送部隊が現地に到着し、動けなくなった天蜴人を積み込む。
「尻尾は危険だから注意してくださいね!」と紫絃が声をかける。
ホロで覆い偽装を施すと、スカーレットが指示を出す。
「作業ご苦労。―――この場で見たことは口外禁止だ。戒厳令というやつだ。時が来たら国王陛下より、国民全員へ打ち明けることになっている。酒の席での発言には特に注意しろ。なあ、キール」
「ひっ!? は、はいっ!」
飲むと口が軽くなるキールは、驚きつつも敬礼で返すのだった。
―――――――
研究機関への引き渡しが完了し、紫絃は忍びたちに解散を命じる。
報告書と調書を終え、ようやく解放されたのは深夜だった。
スカーレットたちに挨拶をして、中央通りを駆け抜け、闇へと溶けていく。
―――――――
王都から忍びの里までは一時間。着いた頃には丑の刻。
玄関で仰向けに倒れ込む紫絃は、モン丸を捕まえ顔にお腹を乗せてモフモフする。
「今日はいろんなことがあったね……」
「たいへんだったにゃー」
モフモフに抵抗せず頭をポンポンするモン丸。
「遅くなっちゃったけど、かつおぶし削っちゃおうか!」
元気を取り戻した紫絃は、モン丸と台所へ。
削り箱を取り出し、シュッシュッと音を立ててかつおぶしを削る。
削りぶしを皿に盛ると、モン丸は狂喜乱舞の勢いで食べ始めた。
お風呂を準備し、簡単な夕食を作る紫絃。
食べ終え、風呂に入りながら感じる―――世界が、動き出したと。
髪を乾かし、歯を磨き、布団へ入る。
傍らで丸くなるモン丸の体温が心地よくて、「今日は眠れないかも」なんて思う間もなく、紫絃は眠りについた。
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