目の前が真っ白になった。お前には、人としての幸せを噛み締めることはできないと、世界に嘲笑されているような気分だった。

 わかっていた。自分には人間として生きることはできない。いずれ別れが来て、孤独に生きるしか道はないことぐらい。でも、この終わる方はあまりにも残酷すぎないだろうか。

 あまりに酷い顔でもしていたのだろうか。アークが何か話しかけてきている。だけど、わからない。何をいっているのか。呼吸が苦しくなる。目眩、吐き気、立ってすらいられなくなり地面に倒れ込む。


「大丈夫か!?ユーキ」


 ああ、世界とは、なぜいつもこんなに残酷なのだろう。

 そうして、私は意識を手放した。



 —————————————————————————————————————————



 数時間後。

 私は村の教会で目を覚ました。


「ユーキ、大丈夫か?」


「うん。大丈夫。心配かけてごめん」


 嘘だ。大丈夫なわけがない。天使である私は知っている。勇者に選ばれたものが、世界に背負わされる宿命を。


「俺、勇者らしいんだ。聖剣ってやつに選ばれたんだと。魔王って悪いやつが世界を滅ぼそうとするから、それを止めなきゃいけないらしい」


 やめて。その話をしないで。

 だが、世界は目を逸らすことすら許さない。


「俺は、勇者として世界を救いたい。困っている人がいて、俺の手で救えるのなら、救いたい」


 なぜこんなことになってしまったのだろうか。私がこんな街に一緒来てしまったからだろうか。こうなる可能性があることは知っていたのに。なんで、私は…

 って、なんで私はこんなこと考えてるんだろう。私は天使だ。世界のために、勇者というシステムが必要なことはようわかっている。なんだったのだろうか。さっきのものは。自分でも何が何だかわからない。

 まあいいか。私は天界から追放されたとしても天使だ。天使として、役割をまっとうする。

 だから私は、いつもと同じように、こう言った。


「そっか。頑張ってね。応援してる」


 そう、これは正しいことなんだ。

 なのになんでだろう。私の胸が苦しいのは。が苦しそうな顔をしているのは。



 —————————————————————————————————————————



 少年が勇者として魔王討伐の旅に出て数ヶ月が経った。

 私はいつもの日常を、なんの変わりもなく過ごしている。所詮1人人間がいなくなっただけだ。何も感じることはない。

 でもなぜだろう。時々ふと少年のことを考えている。いつも正面に座っている少年がいない時、畑仕事を手伝っている時、買い物に行く時、気がつくと考えている。

 わからない。何も。

 そうして、また一日を終えた。



 その日は、夢を見た。

 天界にいた頃、よく見ていた夢。少年と出会ってからは見なくなった夢。

 だが、今回の夢はいつもとは何か違っていた。夢の中には、いつもの夢の彼の他に、少年もいた。なぜだろうか。わからない。だけど、気がつくと私は全力で走り出していた。

 だけど、彼と少年の背に手は届かない。いくら走っても同じ、いやそれ以上に背が離れていく。それでも追いつきたくて手を伸ばすが届かない。

 私は遂には転んでしまった。それでも離れていく背に私は叫ぶ。

 何を言っているか、自分でもわからない。

 しかし、彼と少年からの声は不思議とはっきり聞こえた。


「俺を、助けて」



 何か大切なことを忘れている気がする。

 翌朝起きた時に最初に感じたのはそんな気持ちだった。

 気にしても仕方がない、そう思いいつも通り朝食の準備の手伝いをしようとした私に、その知らせは届いた。


「勇者パーティーが、全滅したらしい」



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 私は何をしているのだろうか。今から少年の元に向かって何になる。全滅と言っていただろう。今から行っても意味はない。そもそも言って何になる?羽まで出して。今まで隠してきたことが台無しじゃないか。そう、冷静な私が囁く。

 うるさい、黙れ、と強引にその気持ちをねじ伏せる。

 自分と葛藤しながら飛んでいると、焼けた木々が見えてきた。

 辺りを見渡す。焼けた木々の灰、立ち込める肉のこげた匂いの他に何もない。

 意識が白く塗りつぶされる。そのまま、トボトボと歩き始める。


 どれほど経っただろうか。1人の声が聞こえた。

 聞きたかった声だ。けど、聞きたくなかった、こんな声。

 声の方に向かって歩くと、そこには右半身が焼けこげた少年がいた。腕は丸ごと炭化し、足はそもそも無い。生きているのが不思議なくらいだ。

 私の足音にでも気づいたのだろうか。少年が呻き声にもならないほどの、微かな声を発する。


「ユーキ、か?」


 私は何も言えなかった。


「ぁれ、気のせいか。とうとう幻聴まで、っ、聞こえるようになったか。ぁぁ、最後に、ぁいたかった、な」


 いてもたってもいられず、私は声を出す。


「気のせいじゃ無い、ちゃんといるよ、少年」


 少年は、私の声を聞くと、微笑んだ。


「ぁあ、よかった。最後に、声が聞けて。これで、心置きなく、逝ける」


「行きたくわ無いの?」


 気づいたら、そう声をかけていた。


「生きたいさ。でも、この怪我じゃもう無理だよ。最後、っ、に、俺の、お願い、聞いてくれない?」


「できる範囲でね」


「いつもみたいに、名前で、呼んで、くれない、かな?」


 言われて気づいた。いつからだろう、アークを少年と呼んでいたのは。


「そんなことでいいならいくらでも。じゃあね、アーク」


 私ごそういうと、満足したように、体の力が抜ける。

 私は、せめて弔ってあげようとし、それに触れてしまう。アークの魂に。その中に蓄積された、そのの軌跡に。



 俺には幼馴染がいる。小学校から高校までずっと同じクラスの女の子だ。名前は藤本ふじもと優希ゆうき。今俺が恋をしている子だ。

 仕方がないと思うんだ。こんなガサツで気も効かない俺にいつも優しくしてくれる。小学生特有の好きな子に対して意地悪をしても、いつも優しく叱ってくれた。

 今日もいつも通り通学路を歩きながら、優希が来るのを待っている。世話焼きのあいつは、いつも俺の寝癖を直してくれる。最初の方は、寝坊して直してもらうだけだったが、今となっては、毎日寝癖のまま登校している。優希に髪を直してもらうのは、心地が良くて好きだ。

 優希の走る音が聞こえた。いつものように、後ろから声をかけてくるんだろうな、そう思い、そのまま歩く。

 勇気に気を取られていたからだろうか。俺は交差点から出てきたトラックに気が付かなかった。

 俺が何もできず、立ち尽くす刹那。優希が飛び出してきて、俺を押した。

 トラックは無慈悲にも、優希の頭を引き潰した。即死だった。誰が見ても明らか。

 それでも俺は、現実を受け入れることができず、服が血に濡れることも気にせず、優希の亡骸抱き寄せる。


「なあ、優希、大丈夫か?返事をしてくれ。なあ!!!」


 そのまま、俺は救急車と警察が来るまで交差点に座り込んでいた。



 優希が死んでから2週間が経った。葬式なども終わった。

 だが俺は、いまだに優希の死を受け入れられないでいた。なぜだろか。なぜ勇気が死んだのか。俺ではダメだったのか。なんで俺なんか助けたのか。わからない。教えてくれよ、優希。

 そう、ブツブツ話しながら、夜道を歩いていた俺にの視界に最後に残っているのは、運転手の眠ったトラックだった。



 ぁあ、あああああああああああああーーーーあーああーあーああああーあーあーあーーあーあーあーぁーあぁああーあああーーー!!!!!!!!!


 私は叫んでいた。

 思い出した。忘れていた。私は人間だった。藤本優希だった。彼のことが好きな、1人の少女だった。なんで、忘れていたのか。なんで私は天使になっているのか。

 そんなことを思った。色々な思考が頭を廻り、破裂しそうになる。

 私は人間、違う天使。いや、人げ、てん、に、て、に、て、⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、、、、、、、、、、、

 そんなことどうでもいい。彼を少年を救おう。たとえ天使として神に逆らってでも。


 本来、天使の力は地上では使用を禁止されている。しかし、封印などはされていない。なぜか。そもそも、天使にはそのようになる思考回路が存在しないからだ。そんなことをしないなら封印する意味がない。よって、地上でも天使の力は行使しようと思えばできるのだ。感情を持って生じた天使、その奇跡が、本来はあり得ない事象を生む。


 力を行使する。死者を甦らせる。これは禁忌だ。してはいけない。天使としての私が全力で阻止しようとする。それを全力で抑え込む。感情のまま、奇跡を行使する。


 ここに死者の蘇生は叶った。天使は記憶と感情を思い出し、勇者は生き返った。ハッピーエンドで終わるかに思えた。しかし、世界はそれを許さない。深淵から、世界を滅ぼそうとする産声が響き渡った。



 —————————————————————————————————————————



 真っ暗な世界。聞こえてくるのは暴力の音と悲鳴と奇声、それから嘲笑。

 そんな世界の中にいて、随分と機嫌よさそうに歩く存在がいた。その存在は、血肉と骨でできた椅子に座る、圧倒的オーラを放つ存在に声部を垂れて声を発した。


「先ほど下界にて、天使の力の行使を確認しました。いかがいたしましょうか、デーモンロード様」


 そう、ここは魔界。天界の対となる別次元。


「やはりか。ふっ、面白い。先に規則を破ったのはあやつらだ。好きにしろ」


「仰せのままに」


 そう笑い、デーモンは立ち上がった。

 こうして、別の場所でも、悪の手が忍び寄る。

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