ある天使の世界救済
人間
起
夢を見ていた。
そこがどこかも自分ではわからない。まどろむ意識の中で、私は走る。
交差点をいくつか抜け、赤い屋根の家を曲がった先に彼はいた。いつものように鞄を肩にかけ、眠そうに歩いている。あ、今あくびした。かわいい。
髪の毛にはまだ寝癖が残っている。これもいつものことだ。その寝癖を指摘し、しょうがないなーなどと言いながら、彼の寝癖を直してあげるのもセットで。
毎日が幸せだった。こんな日が毎日続いてほしい、そう願っていた。でも、この日々は長くは続かない。なぜならこの後—―――――って、私は何を考えてるんだろう?わからない。まあいいや。とりあえず彼のもとに向かおう。
そう言って、私はいつものように彼に向って手を振りながら走り始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――ん、んむ。
目が覚めた。なんだか不思議な夢を見ていたような気がした。どんな夢だったかは全くわからない。だけど、幸せな夢だった。それだけが、確かな感覚として残っている。
そんな風に、寝起き気分でボーっとしていると、
「何をしている。早く来い」
と呼びかける声がした。
しまった、次は私の担当だった。私は急いで返事をする。
「はい!今行きます」
急いで立ち上がり、目の前の神物についていく。
「まったく、お前はただでさえ欠陥品なんだ。その時点で足を引っ張っているのにこれ以上落ちぶれてどうする。無能な部下を持つと困るな」
「すめません…」
そう返すことしかできない。言われたことはすべて正しい。
そう、私は欠陥品だ。私たち神や天使は人間などを超越した存在。ゆえに本来睡眠など必要ないのだ。しかし、なぜか私だけは必要とする。それだけではない。私には…
「着いたぞ」
かけられた声に、思考を切り上げる。今はそんなことを考えるよりも仕事だ。
そう自分を奮起させ、扉を開けた先に、豪華な椅子に座った人柱の老神がいる。
「いらっしゃい。これからお願いね」
優しい声で話しかけられる。一見すると特に何の変哲もない人間のように見えてしまうかもしれない。だがそれは大きな間違いだ。発せられる圧倒的なオーラ。これだけで、この方がここ天界の最高位の神なのだとわかる。
「はっ!謹んでお受けいたします」
「うん。頼んだよ」
そうとだけ言葉を交わし、部屋を出る。
仕事映え向かう道中、こんなことを上司に言われた。
「ふんっ。なぜ貴様などが毎度毎度あの方のお部屋に招かれるのだ」
そんなこと、私にもわからない。なぜ私なんか欠陥品を気にかけるのか。私よりもふさわしい者はいくらでもいるのに…
そう気が沈んでいたのもつかの間、仕事部屋についたので顔を上げ、中に入る。
「では、交代お願いします」
そう声をかけてきた天使に軽く会釈をし、仕事を開始する。
私たち天使の仕事は何か。それは――――
「では、次の
下界で亡くなった方を導くことだ。
「――――では、次の世界へいってらっしゃい」
そう声をかけ、息をつく。
ふうっ、あともう少しで終わりだ。今日は何事もなく終わりそうだ。この仕事において最もつらいことが今日はなかった。そろそろ交代だ。部屋に戻ろう。
そう思い、席を立とうとすると、
「最後に一名いらっしゃいます」
そう声を同僚の天使にかけられた。
仕方がなく座り、
「お、お願いします」
そう少しおびえながら入ってきた。
私は早く部屋に戻りたかったので、少し雑に仕事をする。
だからだろう。思わず声に出てしまったのは。
「えっ」
「どうかしたんですか」
そう声をかけられる。気を使わせてしまったのだろう。
私は声を押し殺しながら言う。
「おめでとうございます。あなたは勇者に選ばれました」
と。
少し時間がたって、私は今自分の部屋にいる。
ああ、まただ。また同じことを繰り返してしまった。せめて笑顔で送り出す、そう決めているのに。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここで一つ世界の仕組みの話をしよう。
世界とは、大まかに分けて二つある。魔法型と科学型だ。
魔法がある世界だと科学は発展しない。当然だ。身近に便利なものがあるだからわざわざ面倒なものを発展させなくてもよい。
そのような世界には、往々にして勇者と魔王という存在がいる。よくある物語と大体同じだ。
そういう世界には、一定周期で必ず魔王と勇者が発生する。なぜか。理由はいくつかあるがそのうちの一つには世界間の魂の循環をさせるためだ。
ある世界で、平和がずっと続き、魂が別の世界で足りなくなった。そんなことにならないよう、一定周期である程度魂が天に還るようになっているのだ。
ではここで、どうやって勇者と魔王を生むかだ。勇者は天界から送ればいい。では魔王はどうするか。残念ながら展開では聖なる力しか授けられないので、魔王を送り出すことはできない。なら魔界から送るかというと、魔界が天界のいうことを聞くわけもない。そう考えた末に、ある結論に至った。リサイクルすればいいじゃん、と。
つまり、先代に送った勇者を魔王にするのだ。そうするのはとても簡単だった。人間とは愚かなもので、常に自分を一番にしたがる。魔王という世界の脅威がなくなった世界において、勇者という存在は目障りでしかない。勇者を止められる存在がいないからだ。ゆえに世界は勇者を排除する。そうすることで、勇者を孤立させ、悪へと堕とし、魔王にするのだ。
ゆえに彼女は涙する。それが何なのかを彼女自身は知らないまま。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「起きろ」
そう殴られて起こされた私の目に映ったのは、気味の悪い笑みを浮かべた上司の顔だった。
「す、すみません」
「ああ、謝る必要はない。私はいま気分がいいからな」
珍しいことがあるものだ。そんな風にのんきに思っていた自分が今はまだいた。
「だってめでたいだろう。なんせ、ようやく欠陥品を処分できるのだかから」
どういう意味だろうか。いやわかっている。だが、頭が理解を拒む。
しかしそんなことはお構いなしに、無慈悲な一言が告げられた。
「お前は、天界から追放されるのだ」
そうして、私は天から落とされるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
深い森の中で目を覚ます。顔に張り付いていた葉を手で落とし、周囲を確認する。
木々や虫のほかに、特に何もかなった。
それにしても暢気なものだ。天界から追放されたというのにあんなにぐっすり眠っていたのだから。
自嘲しながら立ち上がり、体を確認する。幸いなことに、天使としての力はある程度残っているようだ。羽を広げ、飛ばし、操る。うん、大丈夫だ。とりあえず、人里を目指そう。
そう決心し、歩き始めた。
数時間後、ようやくたどり着く。
木造の家が立ち並ぶ、小さな村だ。子供が木の枝を振り回して遊んでいる。
しかし、今更だが人里に行ってどうしよう。お金もないので宿を借りることなどもできない。そう途方に暮れているとき、村に大きなイノシシのような動物が現れた。
「グレーターボアが出たぞ!!今すぐ逃げろ!!!!!」
そう大人が叫ぶ声が聞こえる。
グレーターボアは家や畑を壊しながら走ってくる。
数人の男性が槍や剣を持って
しかしここで少年が転んでしまった。泣き叫びながら助けを呼んでいる。しかし、大人たちは下を向きながら走る。
「助けてよお母さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!お父さーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!お姉ちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
必死に叫ぶ声が聞こえる。
ここで助けてどうする。そんな考えが一瞬頭をよぎった。しかし、少年の叫び声を聞いた瞬間、なぜだか、すぐに飛び出していた。
ドンっっっっ!!!
この程度の動物、天使たる私にかかればどうとでもできる。
力いっぱいになぶりつけたイノシシは、頭が消失していた。
周り一帯は静まり返っていた。当然だ。急に出てきた女がいきなりイノシシの頭を破裂させたのだから。
どうしたものかと頭を悩ませていると、
「あ、ありがとう。お姉ちゃん…」
と少年が声をかけてきた。
「どういたしまして。怪我とかなかった?」
「う、うん。大丈夫、です」
と、顔を赤くさせて伝えてきた。
よかった、無事で。
少年を皮切りに、多くの村人が感謝を伝えてきて、私はこの村に住むことになった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
8年後。
今日は近くの都市に買い物に来ている。同伴者はあの日助けた少年、アーク君だ。
今は、野菜や雑貨などいろいろな露店が出ている通りにやってきていた。
「ユーキ、何かあったか?」
「うんん。特に見つけてないかな」
ユーキとは、私の名前だ。天使には名前がないものが多い。当然私にもなかった。そんな私にこの名前を付けてくれたのが、アークだ。最初のころはなれなかった名前も、今ではすっかりなじみ、名前を呼ばれればすぐに返事をできるようになった。
「にしても、やっぱり今日は人が多いな」
そういわれると、そんなきがしないでもない。
少し気になり、尋ねてみる。
「今日って何かのお祭りなの?」
「ああ。今日は勇者祭だな。100年前、勇者が魔王を倒した。その記念だな」
勇者、そう聞くと嫌な思い出が蘇ってくる。ああ、いまあの
暗い顔をしていたからだろうか、アークが声をかけてくる。
「ま、せっかくのお祭りだ。少しぐらい楽しんでもいいだろ。なんか買って食べようぜ」
そういい、露店へと向かう。
串焼きやクレープなどいろいろなものを買い、歩いていると広場の前で何かをやっている。
「この勇者の聖剣を抜けたものには、豪華景品プレゼント!!!」
そう大声をあげながら通行人の注意を引いている。
「お、なんか面白そうなことやってんな。いっちょ行ってみるわ。少しここでまっててくれ」
そうとだけ言い、アークは走っていく。
男の子だから仕方ないかぁ。そんな風にのんきに思っていた。
「勇者様。世界をお救いください」
そう、アークが声をかけられるのを見るまでは。
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